吉野川の傍らに江戸の商家町の面影をとどめる五條新町 - 五條

五條新町通り
五條新町通り

地域の力で守る商家の町並み

日本有数の多雨地帯である大台ケ原から流れ出た吉野川は、五條を過ぎて和歌山県に入ると紀ノ川と名を変えて紀伊水道へ注ぎます。五條は吉野川の水運や、紀州街道、伊勢街道、西熊野街道など主要な街道が集まる交通の要衝で、物資の集散地や宿場として繁栄しました。

その名残をとどめるのが、五條新町通りの町並みです。江戸幕府の成立と共に大和五條藩主となった松倉重政は、既に町場が発達していた五條と二見の間に新町の町割を整備。城下町の振興策として年貢諸役を免除したために近隣から多くの商人が集まり、通りには商家が建ち並びました。吉野川と並行する約1kmの通りには、今も明治以前に建てられた商家が77軒残っています。漆喰を厚く塗り込めた全体に重厚な印象の建物です。

五條新町通りの町並みが国の重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)に選定されたのは2010年で、意外にも最近のこと。町並み保存の動きを本格化させたのは、1990年に新町通りの有志で発足した「新町塾」の活動でした。メンバーの一人、創業から300年続く山本本家酒造の山本陽一さんによれば、新町通りに並行して国道が出来て以降、通りを行く人も車も少なくなり、空き地や町並みにそぐわない洋風建築が増え出しました。

「このまま町並みが消えてしまうのかと一度は諦めかけたこともありますが、新町塾でいろいろ学ぶうち、重伝建の法律が出来た直後の国立奈良文化財研究所の調査報告に、新町通りの町並みは日本で一番と書かれていたことを知りました。これを何としても守らなければと議論を重ね、行動を起こしました」(山本さん)

新町塾は通りのにぎわいを再現して町並み保存の機運を盛り上げようと、93年に年に一度のフリーマーケット「かげろう座」をスタート。近隣から出店を集め、回を重ねるごとに人出は増えていきました。また、新町塾が中心になって路面を町並みに合う色に塗り替えるよう働き掛けたのを機に、五條市が保存整備事業に着手。これによって外観を昔の造りに修復する家が増えていきました。通りには、修復によって趣ある風情でよみがえった美容院や牛乳販売店、うどん屋などが点在しています。


かげろう座は5万人が集う催しに成長し、20年続いて終了。現在はNPO法人大和社中が町づくりの活動を受け継ぎ、年間を通じた催事の企画や、空き家活用に取り組んでいます。市が整備したまちなみ伝承館とまちや館の観光施設や、空き屋を活用したレストラン、宿泊研修施設も出来、新たな風を吹かせています。

特産の柿を生かした郷土の味

五條市は柿の生産量日本一。特に富有柿の産地として知られます。西吉野地区では大正末期から柿の生産が盛んに行われ、昭和49年に始まった国営五条吉野総合農地開発事業でそれまで困難だった急峻地の開墾が進み、一大果樹産地が生まれました。

刀根早生柿
刀根早生柿を収穫する仲山さん

9月半ば、柿と桃の栽培を手掛ける仲山貴子さんの農園では、渋柿の刀根早生柿の収穫が行われていました。この品種は桃のように皮が薄いので、傷めないよう一つひとつ注意して収穫していきます。刀根早生柿の後は同じく渋柿の平核無柿と吊し柿にする江戸柿、10月下旬になると甘柿の富有柿の収穫が始まります。

特産の柿を利用した郷土料理が、柿の葉すし。江戸時代、熊野灘でとれた鯖は塩で締めて船に積まれ、山間の地方まで運ばれました。貴重な塩鯖を薄く切り、酢を加えたにぎり飯に乗せて柿の葉で包むと、木桶に詰めて重石を乗せ一晩置きます。使うのは、葉脈が細くてしなやかな渋柿の葉。葉の香りがすしに移り、日が経つにつれ熟成して味が変わり、1週間は日持ちします。かつては夏祭りやお盆の時期にどの家でも作られました。

柿の葉すし
柿の葉すし

柿の葉すし本舗たなかは創業明治後期。元はうどん店で、昭和48年に柿の葉すしを売り出し、今や全国にその味を広めています。鯖の他に鮭と鯛が定番で、秋のサンマなど季節ごとの素材も用いられます。6月には青々とした若葉を使った、若葉の柿の葉すしが初夏の訪れを告げます。

ばあくランチ
ばあくランチ

手ずから育んだ素材の味を生かす

緑豊かな金剛山の山麓に、手作りハム・ソーセージ工房ばあくがあります。24年前に泉澤さん夫婦が始めた工房で、夫の光生さんが手塩にかけた豚を使い、妻のちゑこさん始め地元の主婦スタッフが工房を切り盛りしてハムやソーセージを作っています。柿と米、豚を育てる農家に生まれた光生さんは、北海道で酪農を学んだ後、実家へ戻り、金剛山のふもとで養豚に取り組みました。おいしい豚を育てるために研究を重ね、きめ細かい肉質を持つ黒豚のバークシャーに、霜降りの肉質を持つ茶豚のデュロックを掛け合わせたのが、ばあく豚。光生さんは「肉の味を決めるのは餌」と言います。国産の大麦と小麦を中心に自家配合し、パンくずやビール麦など食用として使われなくなったものを餌にするリサイクルにも積極的に取り組んでいます。

ばあく豚を使ったハム・ソーセージ作りには、本場ドイツの昔ながらの製法を独学で学んで取り組みました。薬品や添加物を一切使わず、ソーセージは塩の力だけでタンパク質を分解して凝固させ、ハムはもも肉を塩と野菜に漬け込んで旨みを引き出します。肉の乾燥に使う燃料は裏山で焼いたくぬぎの炭、薫製には山に生えるヤマザクラの生木を使い、じっくり時間をかけて仕上げます。

「試行錯誤を繰り返しながら、身の回りにあるものを使って作ってきたハムやソーセージ、ベーコンが、今はオンリーワンの味として喜んで頂いています」とちゑこさん。
工房の隣にあるゲストハウスでは、ソーセージや農園で育てた野菜を使ったメニューが味わえます。

2018年取材(写真/田中勝明 取材/河村智子)

▼奈良県五條市

奈良県南西部、紀伊半島のほぼ中央に位置し、大阪府、和歌山県と接しています。金剛山と吉野連山に囲まれ、市の中央を吉野川が流れます。生産量日本一の柿を始め、梅や桃、梨など果樹栽培が盛んです。古くから大和国と紀伊国を結ぶ交通の要衝として発達し、大和五條藩主松倉重政が整備した新町には江戸から明治にかけて建てられた商家が数多く残り、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。また幕府の天領だった幕末には、尊王攘夷派浪士が挙兵した天誅組が五條代官所を襲撃する天誅組の変の舞台となりました。吉野川を眼下にする榮山寺は719年創建とされ、法隆寺夢殿と同時代の八角堂(写真)と、梵鐘が国宝に指定されています。
【交通アクセス】
京奈和自動車道を構成する道路の一つ、五條道路が五條北ICから五條IC、更に五條ICから橋本道路の橋本東ICまでが06年に開通。国道24号線、それと直角に交わる国道168号線と310号線が主な幹線。
JR和歌山線の北宇智駅、五条駅、大和二見駅があります。大阪、京都から近鉄線などを乗り継いでそれぞれ約2時間。

写真説明

●五條新町通り:江戸の面影を残す五條新町通りは吉野川に沿って真っすぐ伸びています。手前にある高架は、紀伊半島を縦貫し五條と新宮を結ぶ計画だった五新鉄道の跡。昭和14年に着工されたが未完のまま計画中止になりました
●柿の葉すし:たなかの柿の葉すしは家庭で作られたものに比べ塩が控えめで、日持ちは3日。作った翌日が食べ頃です(柿の葉すし本舗たなかTel.0120-111-753)
●ばあくランチ:工房ばあくのゲストハウスで提供する定番メニュー。ジューシーな骨付きソーセージやハムに、野菜もたっぷり(ばあくTel.0747-25-0701)


●創業300年の山本本家酒造。裏手にある古い酒蔵はダイニングバーとして使われています


●慶長12(1607)年の棟札が残る栗山家。建築年代が分かる民家としては国内最古で、現在も現役の住宅


●懐かしさを感じさせる新町通りの町並み。鉄屋橋のたもとにある餅商一ツ橋の名物は焼き餅と揚げまんじゅう



●特産の富有柿で作る柿ワイン(山本本家醸造Tel.0747-22-1331)

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