足柄山の山奥、金太郎のふるさとを訪れる - 南足柄

夕日の滝

足柄山の金太郎伝説

神奈川県の西部を流れる酒匂川の上流、矢倉沢地区の内川に、落差23m幅5mという立派な滝があります。夕日に映える美しさから、そして毎年1月半ばに滝口に夕日が沈むことから「夕日の滝」と呼ばれています。新緑、紅葉、雪景色と季節を問わず美しい景色を見せる滝で、すぐそばにキャンプ場があることから夏になると水遊びの家族連れでにぎわいます。昔から滝行の修験者らが多く訪れ、この日も試合を間近に控えたキックボクサーが滝に打たれに来ていました。格闘家と夕日の滝、一見全く関係が無さそうな組み合わせだが意外にそうでもありません。夕日の滝は、金太郎が産湯をつかった滝であると伝えられているのです。金太郎といえば、熊と相撲を取るほどの怪力自慢の少年。キックボクサーはその力強さにあやかりに来たのでしょうか。聞くと、元横綱の朝青龍も現役時代にここを訪れたそうです。

夕日の滝の他にも、界隈には金太郎が幼少の頃に動物と遊んだという石など関連の名所がいくつかあります。金太郎にまつわる伝説は全国22カ所にありますが、南足柄にはなんと金太郎の生家跡があります。この家は、平安時代中頃に京都からやって来てこの地に住み着いた四万長者と呼ばれた人物の家で、八重桐姫という娘がいました。娘は隣の開成町の坂田家へ嫁ぎますが、すぐに夫が亡くなったため実家に戻り金太郎を生みました。これが南足柄に伝わる金太郎の生誕ストーリーです。他にも摩訶不思議な金太郎伝説があるので紹介します。

「山で休憩していた八重桐姫が、うとうと眠ってしまった。すると夢に雷神が出てきて、その後に懐妊していることが分かった」。これが、金太郎は雷神の子であるという雷神伝説。雷神の真っ赤な身体にちなんで、金太郎の衣装は赤になったといいますが、トレードマークのマサカリも雷神が持つ武具だというのが興味深いところです。もう一つは山姥伝説。「年を取った八重桐姫は近隣の子どもをさらっては食べていた……。姫の振る舞いを憂えたお地蔵さんが、息子の金太郎を隠してしまうと、八重桐姫は狂わんばかりに嘆き悲しんだ。後に金太郎を返されると八重桐姫は改心した」。八重桐姫がなんと山姥であったという話です。金太郎の母が山姥だという話は、南足柄以外の地にも伝えられているようです。

大人になった金太郎は、坂田金時と名を変えて、妖怪退治で有名な平安中期の英雄源頼光に仕え、四天王の一人として活躍したといいます。四天王のうち、金時以外の3人は氏素性がはっきりしていますが、金時だけはエピソードが伝説化されていることもあって実在が証明出来ません。

現在の金太郎像が出来上がったのは江戸時代。浄瑠璃や歌舞伎を通じて、怪力童子のイメージが定着していきました。明治33年に「マサカリ担いで~」で始まる童謡『金太郎』が発表されると、金太郎の名とその容姿は全国区の知名度となります。

大雄山駅前の金太郎像

 

意外だったのが、金太郎の生家跡まである南足柄に、『金太郎』の歌詞に出てくる足柄山という山が存在しないということ。金時山に矢倉岳と、市内には候補となりそうな山が二つありますが、足柄山とは箱根外輪山全体を指す言葉。誰もが耳にしたことがあるはずの「足柄山の金太郎」。実は知られていないことが多くある、と感じた金太郎伝説巡りでした。

街道と古刹に育まれた町

南足柄は、その歴史を紐解くと古代東海道における足柄峠越えの駅家として発展してきた経緯があります。駅家とは律令制の下、30里(16km)ごとに置かれ た、乗り継ぎ用の馬が用意された拠点のこと。この制度が、走ってタスキをつなぐ競技、駅伝の語源となったとも言われています。その頃は現在と違って、箱根 ではなく足柄峠を越えるルートが東海道の本道でした。ところが9世紀の初めに起きた富士山の噴火で、足柄道には火山礫が堆積し通行が途絶えてしまいます。 代わりとして一時的に使われるようになったのが箱根を越えるルートでした。ずっと後の時代になって箱根に関所が整備されたことで、これまで交通の要衝とし て機能していた足柄道は、東海道の裏往還である矢倉沢往還として整備されることになります。


大雄山最乗寺

もし富士山の噴火がなければ足柄道は東海道の本道のままで、お正月の箱根駅伝は足柄駅伝になっていたかもしれません。

 

主要な街道が箱根方面へ変わった後も、多くの人々が矢倉沢往還を往来しました。

阿波からやって来た一組の夫婦もそのような旅人でした。夫婦は人形芝居が盛んであった阿波の人形遣い。訳あって南足柄に長く滞在したことがきっかけで、この地に人形芝居が伝わっています。

今では国の重要無形民俗文化財に指定されている相模人形芝居です。最盛期には県内15カ所で人形芝居が行われていましたが、今では5座のみとなってしまいました。その一つ、南足柄の足柄座は男女の座員29人で伝統を守っています。人形を操るのは女性の座員だけという一座です。

現在、町の中心となっているのは、伊豆箱根鉄道大雄山線の終着駅でもある大雄山駅です。小田原を起点とするこの路線は、曹洞宗の名刹として名高い大雄山最乗寺への参拝鉄道として1925年に誕生しました。東京ドーム27個分という広大な寺域を持つ寺で、全国に4000余りの門流を持つ名実共に大寺院です。1394年の創建の際に貢献した妙覚道了という僧が、1411年「自分のやることは終わった。これからはお寺と御参りに来る人々を永遠に守る」と、天狗に化身し山中に身を隠したと伝えられることから道了尊と呼ばれ、町の人々に親しまれています。

出自がはっきりしない金太郎とは違い、こちらの天狗はちゃんと実在したようです。境内には、天狗の像が数多くある他、天狗にちなんで数多くの下駄が奉納されています。

2013年取材(写真/田中勝明 取材/砂山幹博)

▼神奈川県南足柄市

神奈川県の西端、箱根外輪山のふもとに広がる町。北は山北町、東は開成町、南東から南にかけて小田原市及び箱根町、西は静岡県小山町に接します。新幹線や東名高速道路を利用すると東京から約1時間とアクセスが良い所です。豊かな緑と水に恵まれ、「足柄山の金太郎」 の里として知られています。

写真説明

●大雄山最乗寺:境内には樹齢500年以上の杉が約2万本立ち並ぶ他、44棟に及ぶ堂塔があります。天狗が祭られていることでも知られます。写真は多宝塔
 


●子どもの頃の金太郎がよじ登ったり飛び下りたりして遊んだと伝えられている金太郎の遊び石。手前が太鼓岩で、奥の小さな方が兜岩


●土産店で見つけた、切っても切っても金太郎の顔が現れる、金太郎飴ならぬ「金太郎かまぼこ」



●­­金太郎を使った町おこしの動きもあります。地元産の足柄牛と、金太郎の息子の名前「金平(きんぴら)」にちなんでゴボウを具にした、その名も「まさカリーライス」。器がマサカリ型というのも楽しいアイデアです(撮影協力:大黒一TEL.0465-73-3400)
 


●平成の名水百選にも選ばれる清左衛門地獄池。この他、箱根外輪山の東側の山麓には湧水群や自噴井戸群が広がっており、大手ビール会社や写真フィルムメーカーの工業用水として利用されてきました



●南足柄市は県の名産、足柄茶の一大産地。取材で訪れた時はちょうど二番茶の収穫期でした 


●蒸された茶葉を撚るようにもんでいきます。乾けば煎茶の完成です


●江戸時代に旧相模国地域に伝わった「相模人形芝居」を伝承する足柄座の皆さん。週に一度集まって、経験者が若手に指導します


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