アイヌ文化が根付く、食材の王国 - 白老

 

コタンのある北海道の縮図の町

白老町の人はよく、自らの町をPRするのに「北海道の縮図のような町」と説明するのだそうです。北海道らしい魅力が随所に見られるということらしいです。

目の前には太平洋が広がり、振り返ると手つかずの原生林と、その奥には雪を頂く山々が連なります。町の西にある倶多楽湖は国内トップクラスの水質と認定されたカルデラ湖で、そこを水源とする豊富な伏流水が町を潤します。また道内屈指の湯量と泉質を誇る温泉地でもあります。もちろん山海の幸も豊富で、夏は涼しく冬の積雪も少ない穏やかな気候といいます。1856年に仙台藩が北方警備のため入植して、最初に陣屋を建設する場所に白老を選んだのも、それよりずっと以前からアイヌがこの地にコタンと呼ばれる集落を築いていたのも、住み良い環境だったからに違いありません。

アイヌは、北海道や東北地方、樺太南部、千島列島に及ぶ広い範囲に古くから暮らしていた先住民族で、現在も北海道に約2万4000人が暮らしています。中でも白老は古くからアイヌ文化の伝承地として知られてきました。市街地には「チセ」と呼ばれる伝統的なアイヌの茅葺き家屋の集まるコタンが戦後しばらくまであり、ここで行われるアイヌの舞踊や楽器演奏、民話を目当てに全国から訪れる観光客でにぎわっていました。

昭和40年代にはこうした観光機能が市街地から少し離れたポロト湖畔に移ります。ここにはチセの家並みが復元され、アイヌの人々に関する資料を集めた町立資料館が設置されました。その後、アイヌ文化の調査研究や伝承保存、普及を目的とした野外博物館を増設。現在はアイヌ民族博物館「しらおいポロトコタン」として整備され、年間20万人の来場者がある北海道を代表する観光地の一つになっています。

園内に足を踏み入れると、アイヌ衣装をまとった職員さん数人から「イランカラプテ」と声を掛けられました。「ようこそ」や「こんにちは」と同じ感覚で使われるあいさつだといいます。今年から北海道の一部で、このイランカラプテを通じてアイヌ文化の理解を促す取り組みが始まっており、新千歳空港(千歳市)やさっぽろ雪まつり(札幌市)の会場でもこの言葉を見掛けるようになりました。近い将来、沖縄の「めんそーれ」のように北海道のおもてなしの合言葉になることが期待されています。

イヨマンテリムセ

アイヌ文化を伝え残していくために

イランカラプテの声に招かれて、園内に5棟ある復元チセの一つにお邪魔しました。中をのぞくと、間仕切りのない巨大な長方形の一間が広がっていました。普段は、国の重要無形民俗文化財に指定されているアイヌ古式舞踊や楽器の演奏が披露される他、アイヌ文様の刺繍や彫刻の体験学習が行われます。そのため最大で250人が入れる大きな作りになっていますが、かつてはもう少しこぢんまりとしたものでした。中央には囲炉裏が据えられ、天井からは煙でいぶされたサッチェプと呼ばれる鮭の薫製が100本近くぶら下がっていました。サッチェプはもともと冬期の重要な保存食ですが、今ではポロトコタンの大事な収入源の一つ。職員総出で冬の間に鮭を天日干した後にチセの中でいぶして、土産品として販売するのです。

サッチェプ


ある職員は、チセで­­修学旅行生にこんな素朴な質問をされると話していました。
「何人で暮らしているの?」

しらおいポロトコタンのチセは、昔の生活の場の再現で、現代のアイヌの人々は当然ながら伝統的な暮らしとは縁遠い生活を営んでいます。

文字を持たなかったアイヌの人々は文化や習慣を口承で次の世代に伝えてきたという歴史があります。ところが普段の生活の中で、アイヌの文化や習慣が自然に身に付くような環境は皆無です。アイヌ民族博物館の常任理事・館長の野本正博さんはアイヌの文化伝承について次のように話してくれました。

「現代に生きるアイヌ自らが、自分たちの文化を守らなければ、そのうち消えてなくなってしまいます。このポロトコタンはアイヌ文化の伝承の育成を行うための教育施設でもあり、地元アイヌが運営する民間博物館なのです」

アイヌの伝統料理


文化を未来につなげていくためには先祖たちがそうであったように自分たちが体現するしかありません。そんな理念を更に推し進める夢のような計画も持ち上がっています。ポロト湖を中心に「民族共生の象徴となる空間」を整備し、その中核施設として国立博物館を作る構想が政府で検討されているのです。2020年の実現を目指し、町が中心となって動いており、「異なる民族が互いに尊重し、共生する社会のシンボルとなるような施設になってほしい」と野本さんもその実現に期待を寄せています。※国立アイヌ民族博物館を含む民族共生象徴空間「ウポポイ」が、2020年7月12日に一般公開されました。

食材王国と呼ばれる理由

自然界の全てをカムイ(神々)と呼んで、自然と共生するアイヌの人たちが暮らしてきた場所ということもあって、今も白老は食材が豊富。国内トップクラスの水質と土壌に育まれてきたため、おいしいものを挙げればきりがありません。

白老牛


地域ブランドとして全国展開中の白老牛は、ミネラルを豊富に含む海風を受けた牧草で育つため、肉質が良いことで知られます。2008年7月に開催された北海道洞爺湖サミットで、首脳会談後の晩餐会に北海道を代表する牛肉として供された白老牛が、各国の首脳から高い評価を得たことは記憶に新しいところです。

きめ細やかな質感のある粒々が特長の虎杖浜たらこ


虎杖浜地区の沖で水揚げされたスケトウダラを原料に、大正時代から続く伝統の加工技術で仕上げられるたらこも白老を代表する特産品です。1968年、東京築地の中央市場を視察した虎杖浜漁協女性部が、仲買人から得た情報をもとに手間を惜しまず品質を高めてきた結果、虎杖浜たらこの名は、東京・築地市場でも折り紙付きのブランドとなっています。

他にもいろいろ食材を取材してきましたが、あまりの多さにとても誌面には載せきれません。出来れば現地で食べて頂くのが一番ですが、せめて写真だけでも紹介しておきたいと思います。

2013年取材(写真/田中勝明 取材/砂山幹博)

▼北海道 白老町­

北海道の南西部、南は太平洋に面し、西の登別市、東の苫小牧市に挟まれた町。その面積の約75%を森林が占め、海に沿って東西に細長く市街地が形成されています。北海道の空の玄関口、新千歳空港からは高速道路で約40分、JR室蘭本線の駅が町内に6カ所ある他、地方港湾の白老港が整備されているなど、交通アクセスに恵まれています。なお、白老とは、アイヌ語で「虻(あぶ)の多いところ」という意味の「シラウオイ」が語源だと言われています。

写真説明

●イヨマンテリムセ:囲炉裏の火を囲んで輪になって踊る「熊の霊送りの踊り」は、最も位の高い神「クマ」への感謝を込めて踊られます
●サッチェプ:チセの天井いっぱいに吊るされた鮭の薫製は、冬に備えた重要な保存食でした
●アイヌの伝統料理:チェプオハウ(鮭の三平汁)、チマチェプ(鮭の串焼き)、シト(団子)。具だくさんのスープのことをアイヌ語で「オハウ」と言い、昔のアイヌの人々はこれを主食としていました
●白老牛:1954年に島根県から北海道初の黒毛和種として入ってきた肉牛が、今ではブランド牛として全国に出荷されています。もちろん町内で味わうことも出来ます(レストラン カウベル TEL.0144- 83-4567)
 


●スケトウダラのすき身干し。たらこを取った身を三枚におろして2カ月ほど塩蔵した後、すだれの上で表面があめ色になるまで乾燥させます。主に関西方面に出荷され、珍味などに二次加工されます

 


●白老町のおばあちゃんたちが自分たちで立ち上げたということで、一躍有名になった郷土料理が売りの食堂。定番の山菜ご飯の味が忘れら­れないというお客さんが全国から集まります(グランマ TEL.0144-85-2870)


●白老は全国でも有数のシイタケの産地。中でも菌を植え付けたほだ木で栽培される原木シイタケは、肉厚で力強い風味が特長。なかなか他では味わえません(桔梗原農園 TEL.0144- 87-2317)

 

●日本でもトップクラスの水質を誇る倶多楽湖の伏流水でニジマスを育てている釣り堀。観賞用のプールには、幻の魚イトウが群れをなして泳いでいました


●釣ったニジマスは、フライやあら汁などにしてくれます。水が奇麗なおかげで刺身でもおいしく頂くことが出来ます(さいとう釣堀園 TEL.0144-87-2293)





コメント