金沢の食文化を支える個性豊かな加賀野菜 - 金沢

消滅の危機から誕生した加賀野菜

かつては全国至る所に、地域の食文化や気候風土に根ざし、古くから親しまれてきた個性的な野菜がありました。しかし、日本経済が高度経済成長の波に乗り出すと、人口が都市部に集中。その需要を満たすために大量生産向きの野菜が作られるようになりました。品種改良の技術が進んだこともあり、こうした野菜の多くは病気に強く栽培しやすい、形が均一で運搬に適した交配種が主流となりました。不ぞろいであることが多く、病気にも弱かった在来野菜は次第に、品種改良種に取って代わられました。

城下町金沢にも、藩政時代から受け継がれる伝統野菜がありましたが、絶滅の危機に瀕していました。金沢で150年続く種苗店の5代目当主である松下良さんはある時、馴染みの料理店でも地元の野菜が使われていないことに気付きました。

「地元の野菜は先人が残してくれた文化遺産。このままでは金沢独自の文化が消滅してしまう」

危機感を募らせた松下さんは1989年、店で大切に保管していた約30種の伝統野菜の種を持ち出し、周囲の生産者らに栽培してもらおうと協力を求めました。こうして91年に加賀野菜保存懇話会が立ち上がり、松下さんが会長を務めることになりました。97年には行政が加わって金沢市農産物ブランド協会を設置。昭和20年以前から栽培され、現在も主として金沢で栽培されている15品目(さつまいも、加賀れんこん、たけのこ、加賀太きゅうり、金時草、加賀つるまめ、ヘタ紫なす、源助だいこん、せり、打木赤皮甘栗かぼちゃ、金沢一本太ねぎ、二塚からしな、赤ずいき、くわい、金沢春菊)が伝統ブランド野菜「加賀野菜」に認定されました。同協会が中心となって生産振興や消費拡大に努めた結果、全ての品目で著しい増加があったわけではありませんが、生産量は微増もしくは横ばいで維持されています。もし「加賀野菜」ブランドに認定されていなければ、消えていた野菜は間違いなくあっただろうというのが同協会の見解です。

金沢は地産地消の先進都市

加賀太きゅうり
近年、先駆けである京野菜や加賀野菜に倣って、伝統ブランド野菜が各地で誕生しています。ところが多くの場合は、既にその土地でその野菜を食べる文化は消えかかっており、食べ方もほとんど知られていません。しかも高価であるため一部料理店が仕入れる以外、一般の人は見向きもしないという声を耳にします。加賀野菜も高価だが、他の伝統ブランド野菜と大きく異なる点は、身近な野菜として市民に親しまれている点でしょう。金沢市民の台所、近江町市場に店舗を構える北形青果本店の北形謙太郎店長が、日本で一番高価なレンコンとして知られる加賀れんこんを例に、こんな話をしてくれました。

「節間が短く小振りで泥まみれの加賀れんこんの隣に、他県の大きく真っ白なレンコンが半額で並んでいたとしましょう。それでも迷わず加賀れんこんを選ぶ市民がほとんどです」

金沢市は、レンコンの消費額が二十数年間日本一という都市。味の違いには敏感です。それだけ加賀れんこんの風味や食感が他と一線を画しているのです。

8月前半には初物が出回ります。この時期は肉質がシャキシャキしているので、サッと湯通しして氷水で熱を取り、わさび醤油で食べると梨のような甘さを味わえます。最も需要が高いのは年末で、売り場はぐっと広がります。この時期は土の中でうまみをため込んでいるので、夏とは違うねっとりとした食感が楽しめます。この独特の粘りを利用して、すり下ろしたものを団子にしてみそ汁に入れるのが金沢の冬の定番。とろみがあって冷めにくいため、お腹の中でもしばらくポカポカが続きます。冬が寒い金沢で愛され続ける料理です。

加賀れんこん
栽培面積の広い市内河北潟干拓地では、水圧ポンプを利用した水掘りで収穫を行いますが、元来、加賀れんこんはくわ掘りで収穫します。市内小坂地区の泥湿地では、今もくわで一つひとつ丁寧に手掘りされ、泥付きのまま出荷されます。泥付きの方が乾きにくく、鮮度が保たれるため高く売れるのです。

伝統ブランド野菜の今後

加賀野菜を代表する金時草は、熊本の水前寺で栽培されていた水前寺菜が藩政時代に金沢へ伝わって、栽培され始めたものです。今ではほとんど金沢でしか栽培されていない葉野菜です。畑のある市内北部の山間部を訪れると、葉の裏が鮮やかな赤紫色をした金時草が山の斜面に広がっていました。赤紫色は寒暖の差が大きいほど鮮やかになります。平野部の日当たりの良い場所で栽培してもこの奇麗な色が出ないというから不思議です。茹でるとモロヘイヤのようなぬめりが出るのが特徴で、酢の物にして食べるのが一般的です。

市の中心部から西へ移動すると、海岸線に平行する道沿いにビニールハウスがいくつも並ぶエリアが現れます。安原地区は、砂丘地野菜の栽培が盛んで、加賀太きゅうり、打木赤皮甘栗かぼちゃ、源助だいこんはこの一帯で作られています。

普通のキュウリは1本のつるから1シーズンに多くて100本近く穫れますが、加賀太きゅうりは普通のキュウリの7~8倍以上の大きさになるまで育てるため、1シーズン10~12本程度しか収穫出来ません。加賀野菜というブランドを掲げていることもあって、品種改良による効率化に走らず、手間を掛けるだけ掛けて育成されます。加賀野菜には品目ごとに生産部会があり、それぞれ部会で種の保存を自主規制する他、品質向上や信用維持の活動も行っています。農家によるこうした努力のおかげもあって、どの部会の農家でも若い後継者が育っています。

金時草

ブランド化によって知名度を上げ、種の保存・復活を目指すという目的はある程度は達成出来ました。今後は生産量を増やすと同時に、消費拡大を進めていく考えです。金沢市農産物ブランド協会では、市民へのPR活動の一環として、加賀野菜を使った料理教室を開催しています。最初は行政が中心となって調理の指導を行ってきましたが、回を重ねるうちにいろいろな団体が教室を開くようになるなど活動が伝播していきました。また、八百屋やスーパーなど店頭に立つ店員を対象とした講習会も開催。野菜の特色や料理方法をお客さんにうまく説明出来るよう指導を行っています。加賀野菜を使った学校給食のコンテストを企画するというユニークな試みも行われています。優勝したメニューは実際に学校給食として提供されるのだといいます。学校給食に関しては、生産者が直接学校に出向いて、児童との交流を通じ、加賀野菜を食べてもらうなど地道な活動も同時に行われています。

生産の拡大施策としては、2006年に生産者育成機関として金沢農業大学校を開校。2年間の研修活動を通し、加賀野菜などの栽培技術を習得してもらい、未来の担い手を育てています。販路も生産者も若いうちから。地域の食文化を守る市をあげての取り組みは、これからも続いていきます。

2012年取材(写真/田中勝明 取材/砂山幹博)

写真説明

●加賀太きゅうり:砂丘地で栽培される加賀野菜の代表格です(撮影協力:太平幸久さん)
●加賀れんこん:市内の小坂地区では、地面をくわで掘り、一つひとつ丁寧に収穫されていました(撮影協力:本大一さん)
●金時草:昼夜の気温差でより発色が良くなります(撮影協力:西佐一さん)



●300年の歴史を持つ近江町市場でも加賀野菜は定番。店頭ではおいしい食べ方も教えてもらえます

●粘りを生かしてすり下ろすもよし、炒めてシャキシャキ感を楽しむもよし。加賀れんこんはバリエーション豊かな食材です

●果肉が厚くしっとりとした味わいの打木赤皮甘栗かぼちゃは煮物にぴったり

●「ルビーロマン」。「赤くて大粒のブドウが欲しい」というブドウ農家の願いから、足かけ14年の歳月を費やして生まれた石川県最高峰の新品種です。ブドウ とは思えないほど粒が大きく、果汁がたっぷりと含まれているのが特徴。糖度は巨峰と同等の約20度ですが、巨峰に比べると酸味が少なく、その分甘さが際立ちます。初めて市場に登場した2008年の初競りではひと房10万円の最高値がついたことで話題に。11年には50万円の高値がつき、ギネスにも認定されました。今なお、地元石川県でも食べたことがない人の方が多いという希少種です。というのも、樹に実るブドウの全てがルビーロマンとなるわけではありません。ひと房ごとに糖度を測り、粒の大きさや形、色など全てが基準以上でなければその名を冠することは出来ません。それゆえ出荷量が少なく、高値のインパクトや公募で決定した宝石を思わせるネーミングも相まって、県を代表するブランド品種に成長しています。

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