新得の自然に育まれ、磨き上げられたナチュラル・チーズ - 新得

ラクレット
熟成庫に運び込まれるラクレット

気候風土に適したラクレット

南北に細長い新得の町には、北からは東大雪の2000m級の山々が、南からは日高山脈が突き出しています。面積の大半を占めるのは森林地帯。十勝平野から連なる南部の丘陵地帯に畑や牧草地が広がり、町の人口6300人に対して牛の数は3万3000頭を超えます。

町の中心部に近い新得山のふもとでも、牛たちがのんびりと草を食んでいました。ここ共働学舎新得農場で飼育されている乳牛は約110頭。8割はチーズ作りに適した乳質のブラウンスイスです。

共働学舎は障害を抱えたり、心を病んだりして社会から取り残された人々と共に働き、共に生活する場として信州で設立されました。創設者の長男でアメリカで酪農を学んだ宮嶋望さんに、かつて町営の牧草地だった土地の無償貸与を申し出てくれたのが新得町でした。

新得農場は1978年に6人と牛6頭でスタート。居場所を求めて集まる若者たちは徐々に増え、宮嶋さんは収入を増やすために本格的なチーズ作りに乗り出しました。そんな頃、縁あってフランスAOCチーズ協会のジャン・ユベール会長に出会い、本場フランスの第一人者に本物のチーズ作りを教わる幸運を得ました。

そのユベール氏が新得農場を訪れて言った言葉が、「牛乳を運ぶな」。新得農場ではその教えに従い、安全性を確保出来る農場内で絞った牛乳だけを使用。更に、搾乳室と隣の工房をパイプラインで結び、傾斜を利用して流し送るという、牛乳を運ばない仕組みを作り上げました。出来る限り機械に頼らず、伝統的な製法でナチュラル・チーズ作りに取り組んでいます。

取材に訪れた時、工房ではハードタイプのチーズ、ラクレット作りが行われていました。まるで蒸し風呂のような湿気の中、凝固したカード(凝乳)をタンクから取り出し、布で包んで丸型に詰めていきます。息の合った素早い動きで、瞬く間に型が積み上げられていきました。


型に詰めたカードはプレスして成型し、塩水に漬けて加塩した後に熟成庫へ運ばれます。半地下にある熟成庫は湿度85~95%、気温8~12度に保たれ、工房とは打って変わってひんやりとしています。熟成期間は約3カ月。丁寧に磨かれて熟成したラクレットの表面は濃い橙色に変わり、出荷の時を待っています。

ラクレットは新得の環境や気候に適していると、ユベール氏に製造を勧められたチーズ。新得農場のラクレットは1988年、第1回オールジャパン・ナチュラルチーズ・コンテストで最優秀賞を受賞しました。他にもさまざまなチーズが作られていますが、中でもオリジナルチーズ「さくら」はヨーロッパで開かれる山のチーズオリンピックで金メダル・グランプリを受賞するなど、高い評価を受けています。

ラクレット
四角く切ったカードは、直径約30cmの丸型に詰めます

「新得の自然と一体となることで、質の高いチーズが作り出せます。ここまで来られたのは、土地の豊かなエネルギーと、手を貸してくださった新得町さん、地域の皆さんの支えがあったからです」
と宮嶋さんは話していました。

そばと地鶏、新旧二つの特産品

新得町役場の玄関の上に、ひと際目立つ大きな看板が掲げられています。「ようこそ 日本一そばの美味しい町へ」。

国内産そばの5割近くを生産する北海道の中でも、新得町はそばの産地として有名ですが、おいしさ日本一とはかなりの自信です。

そばの生産から販売まで手掛ける新得そば本舗の清水輝男代表取締役に日本一について尋ねると、「そう、おいしさ日本一」と、やはり自信たっぷりの答えが返ってきました。清水社長によれば、新得産そばの品質は全国のおそば屋さんから高い評価を得ているそうです。

そばロード
8月半ば、そばロード沿いに広がるそば畑

新得におけるそば栽培の歴史は100年以上前、明治32年の開拓当初にまでさかのぼります。寒さに強く痩せた土地でも生育するそばは、入植者にとって貴重な作物の一つでした。しかも昼夜の寒暖差が激しい山麓地帯特有の気候によって、風味豊かで良質なそばが育まれます。

以前は収穫した実のままの玄そばで出荷し、本州で加工されていましたが、昭和50年に地元で製粉・製麺を行う体制が整い、「新得そば」の名で出荷出来るようになりました。現在、町内のそばの作付面積は280ha、生産量は年間300トン余り。町を通る国道38号線は両側にそば畑が広がり、別名「そばロード」と呼ばれています。

そばの種まきは5月下旬から6月中旬にかけて行われ、約90日で刈り取り時期を迎えます。真っ白なそばの花が満開になる7月の末から8月半ばには、多くの人がそばロードを訪れます。

新得地鶏
新得地鶏
「花より団子」という方は、9月最終日曜に開かれる「しんとく新そば祭り」へ。町内のそば店や腕自慢の愛好家グループ、新得高校の生徒有志などが出店する手打ちそば屋台10店が並び、香り高い新そばが味わえます。毎年2万人が来場する町の一大イベントです。

長い歴史を持つ新得そばの他にもう一つ、町おこしの期待を背負った新たな特産品「新得地鶏」も紹介したい逸品です。

新得町にある道立畜産試験場で「北海地鶏Ⅱ」が開発されたのが2006年。この地鶏をブランド化しようと、新得の町や農業者、経済界が協力して「新得地鶏プロジェクト推進協議会」が発足しました。

「地鶏」の基準は厳格で、明治時代までに国内で成立または定着した在来種の血統が50%以上であること、自由に動き回れるよう1平方m当たり10羽以下の平飼いであること、80日以上飼育することなどがあります。新得地鶏は大型シャモ、ロードアイランドレッド、名古屋種の3在来種の交配で、在来種血統100%。1平方mに3羽以内の平飼いで、120日かけて飼育します。そのため、肉にしっかりとした歯ごたえと旨味があり、脂身にくせがないのが特徴です。

その飼育の現場を十勝・新得フレッシュ地鶏事業組合の武田直幸代表が案内してくれました。自動車学校を経営する武田さんは町おこしの起爆剤にしたいと新得地鶏の生産に情熱を注ぎます。

山間にある鶏舎に近づくと、何やら人の話し声が聞こえてきました。鶏は非常に臆病な性質で、大きな音に驚いてパニックを起こすことがあるといいます。そこで世話をする人間や物音に慣れさせるため、ラジオの音声を流しているのだそうです。

鶏舎内の地面には消臭のためにそば殻を混ぜたおがくずを敷き詰めています。飼料にもそばを混ぜるなど、新得の特色を生かした工夫で健康な地鶏を育てています。町内の飲食店では、そばと地鶏の新旧の特産品がコラボレーションした「地鶏そば」も楽しめます。

2015年取材(写真/田中勝明 取材/河村智子)

▼北海道 新得町

北海道のほぼ中央、十勝総合振興局管内の上川郡にある二つの町の一つ。北部には東大雪の2000m級の山々がそびえ、南部の丘陵地帯ではソバ栽培や酪農が盛んです。十勝でも有数の製材の出荷量を誇る林業の町でもあります。また、昭和28年に聴覚障害者の受け入れ施設が設立されて以来、「福祉の町」として歩んできました。入所型支援施設や全国でも2番目に設立された聴覚障害者のための養護老人ホームがあり、町内に暮らす聴覚障害者は約150人と、住民40人に1人を数えます。昨年4月には「手話条例」を制定し、ろうあ者が暮らしやすい地域社会づくりを進めています。
【交通アクセス】
帯広空港から車で約50分、新千歳空港からは約2時間。根室本線と石勝線の分岐駅であるJR新得駅まで札幌から約2時間。 

写真説明

●熟成庫に運び込まれるラクレット:札幌軟石を積んだ熟成庫で3カ月間熟成を待ちます
●新得地鶏:鶏舎と運動場を自由に行き来してのびのび育ちます。新得地鶏は町内の飲食店の他、首都圏や札幌などに10店舗を持つ飲食店チェーン、北海道シントク町塚田農場でも味わえます


●熟成したラクレットの表皮が橙色になるのは、納豆菌に似た働きをするリネンス菌による作用。表皮が出来るまでの1カ月ほどは2日に1回、塩水の磨き液に浸したブラシで表面全体を磨きます

●国道脇にある「新得そばの館」では指導員の手ほどきで手打ちそば体験が出来ます

●しっとりと柔らかな胸肉と旨味の強いもも肉が味わえる新得地鶏の鍋

●新得発祥のフロアカーリング:冬は豪雪に見舞われる新得町で、天候に左右されず誰でも楽しめる新スポーツを作ろうと考案されたのが、フロアカーリング。ターゲットと、カーリングのストーンにあたる「フロッカー」はキャスター付きの木製で、聴覚障害者授産施設わかふじ寮が開発・製作しています。99年には日本フロアカーリング協会を設立して普及に取り組み、毎年10月の全国フロアカーリング交流大会は今年で第17回目を迎えます。写真は公認キャラクターの「フロッカーイエロー」。競技規則など詳細は新得町ホームページで

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