中山間地域が抱える課題に挑む美作ジビエの取り組み - 美作

フレル食堂
フレル定食

美作ジビエとクラフト

岡山県北部に位置する美作市には、隣接する兵庫県宍粟市にまたがって県内最高峰の後山(1344m)があり、市域の大半を丘陵と山林が占めます。そんな美作でニホンジカによる農林業への被害が増加したのは2010年頃からです。

環境省の調査によれば、全国のニホンジカの捕獲数は00年の14万頭から10年に36万頭に急増。現在の捕獲率では10年後には倍増すると予測されています。かつて野生生物が棲む奥山と人里との間には、里山や農地という境界がありました。その里山が荒れ、耕作放棄地が増えて、野生生物の生息域は民家のすぐ近くまで広がりました。

美作市における野生鳥獣による被害は年間5000万円を超えます。市は猟友会に協力を求めて年間を通じた捕獲を進めていますが、狩猟者の数は減り高齢化も進んでいます。

捕獲後は山中に埋設処理をするなどの作業が必要で、狩猟者には大きな負担です。市はその負担軽減と共に、捕獲した命を無駄にすることなく地域の資源として活用しようと、13年4月に獣肉処理施設「地美恵の郷みまさか」を開設しました。

自治体が運営する施設としては、規模・処理能力において全国でもトップクラスです。昨年度の市内捕獲数はニホンジカが約4900頭、イノシシ約1500頭。このうちの約3割が施設に持ち込まれ食肉処理されました。

「ジビエ」はフランス語で、食材として狩猟で捕らえた野生の鳥獣を意味します。地美恵の郷は厳しい搬入基準を設けて、捕獲の段階から食品と意識して取り扱うよう狩猟者に促しています。ジビエ肉の味を損なう臭みの有無は、捕獲時に適切な処理がなされるかどうかにかかっているからです。搬入後も、精肉に適しているかを2度にわたり判定し、厳しい衛生管理や金属探知機を使った検査を行う他、搬入から出荷まで同一のロット番号で管理して安全確保を徹底します。

美作産鹿肉を使った加工食品

出荷先はほとんどが県外で、ジビエ専門の飲食店が多い首都圏が中心です。地元での消費はごく一部ですが、鹿肉のハンバーグやソーセージなどを提供する飲食店や、鹿肉を使った加工品も徐々に増えつつあります。鹿肉は高タンパク・低脂肪で、鉄分が豊富。健康志向やここ数年のジビエ・ブームで需要が高まる中、美作産鹿肉は卸業者や飲食店から高い評価を得ています。

やむなく駆除されたニホンジカを可能な限り生かしたいと、鹿革クラフトを始めた人もいます。湯郷温泉の温泉街で古道具ここちを営む高山雅子さんです。

2年前、市の職員に「鹿の皮が廃棄されているんだけど、何か使い道はないかな?」と問われたのがきっかけです。さして答えを期待されている風もありませんでしたが、古いモノ、捨てられるモノを何とかして生き返らせたいという骨董屋魂に火が付き、「私が買い取ります!」と言っていました。



鹿革クラフト
鹿革クラフト

とはいえ皮革に関しては全くの素人。手探りで情報を集め、道具をそろえました。まずは皮なめしの業者を探しましたが、鹿皮を扱う業者は全国的にも珍しく、引き受け手がない中、兵庫県内の業者に頼み込んで何とかやってもらえることになりました。

鹿革の特徴は柔軟性と耐久性です。牛革に比べて軽く、自然に生じるシボ(しわ模様)は見た目にも美しく、日本では古くから鎧兜などに用いられてきました。高山さんは鹿革特有の柔らかさを生かした小物を製作。今、山里で何が起こっているのかを多くの人に知ってもらいたいと、店の一角でクラフト体験を始めました。この2年間で体験に訪れた人は、小学生からお年寄りまで千人を超えます。鹿のこと、町のことを語り出すと、つい熱くなって話が長引いてしまいます。

「1日も早く鹿皮が手に入らなくなる日が来てほしい」
ニホンジカの駆除が必要なくなることが、高山さんの切なる願いです。

静かな宿場町に生まれた新たな息吹

美作には市のほぼ中央を東西に横切るJR西日本の姫新線と、北部には第3セクターの智頭急行智頭線が通っています。94年開業の智頭線のルートは、江戸時代に鳥取藩の参勤交代に使われた因幡街道の一部と重なります。美作市内にある智頭線の駅は二つ。一つは全国でも珍しい人名そのままの宮本武蔵駅、もう一つは大原駅です。

岡山県の保存地区に指定されている古町の町並み

大原駅のある古町は因幡街道の宿場として栄えた町で、県の町並み保存地区に指定されています。国道373号線が隣の西粟倉村へ入る手前で左へ外れると、宿場の街並みが現れます。通りの両側に水路が流れ、約200年前に建てられた本陣と脇本陣の他、明治期の町屋建築が数多く残ります。

ここでは毎年旧暦の桃の節句に「古町のひなまつり」が開かれ、約60軒の家々がひな人形を飾り、大いににぎわいます。しかし普段は、休日でも訪れる人の姿はまばらです。

3年前、ひっそりとたたずむこの宿場町に、もの作りに取り組む30代の夫婦2組が店を開きました。築100年の古民家をリノベーションした難波邸は、雑貨店とジュエリーショップ、食堂が同居する複合施設です。フレル食堂を営むのは大阪出身の西原貴美さん。隣の西粟倉村に移住し木工の仕事に就いていた時、古町の落ち着いた風情に魅せられました。西原さんたちは取り壊しを免れて観光協会によって管理保存されていた建物を借り受け、自分たちの手で床を張り替え、壁を塗り直して、古民家に再び息を吹き込みました。

難波邸(http://nambatei.com/)の雑貨店FURERU

フレル食堂では地元産の野菜を使った惣菜や、鹿肉、猪肉のジビエ料理を提供します。取材当日は平日にもかかわらず、ランチは予約で満席。姫路や大阪、岡山など遠方から難波邸を目指して訪れる人も多くいます。保存地区には他にも観光協会が管理する古民家があり、利用者を募集中。西原さんはあと2、3軒店舗が増えたら町を訪れる楽しみが増すのでは、と期待を寄せています。

2016年取材(写真/田中勝明 取材/河村智子)

▼岡山県美作市

勝田郡勝田町、英田郡美作町、大原町、作東町、英田町、東粟倉村の5町1村が合併し、2005年3月に発足しました。県北東部、兵庫県、鳥取県との県境に位置します。少子高齢化が進む中、田舎暮らしを志す移住者への支援に力を注ぎます。市中心部には美作三湯の一つ、湯郷温泉があります。別名鷺温泉とも呼ばれ、1200年の歴史を持ちます。日本女子サッカーリーグ所属の岡山湯郷ベルは、温泉街に近い岡山県美作ラグビー・サッカー場をホームスタジアムとし、チーム名も湯郷温泉に由来します。
【交通アクセス】
市内にはJR西日本、姫新線の林野駅、楢原駅、美作江見駅、美作土居駅、智頭急行智頭線の宮本武蔵駅、大原駅があります。智頭線にはJR特急スーパーはくと、JR特急スーパーいなばが乗り入れ、どちらも大原駅に停車します
中国自動車道の作東、美作IC、鳥取自動車道の大原ICが利用出来ます

写真説明

●フレル定食:ジビエをメインにしたフレル食堂のフレル定食(要予約)。この日のメインは鹿肉のロースト
●美作産鹿肉を使った加工食品:道の駅彩菜茶屋ではこれら商品の他、精肉も販売しています
●鹿革クラフト:鹿革の特徴を生かした小物を作る高山さん。小銭入れやバッグ、柔軟さを最大限生かした「オリガワ」(写真下)などを手掛けます


●町屋の多くには、なまこ壁や延焼を防ぐ袖壁が見られます

●智頭急行智頭線の宮本武蔵駅に近い大原町宮本は、吉川英治の小説『宮本武蔵』で武蔵の出生地として描かれました

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