秀峰開聞岳に抱かれた湯煙たなびく薩摩の湯都 - 指宿
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海・山・湯に恵まれた薩摩半島最南端の町
地名の由来は、湯の豊かな宿を意味する「湯豊宿(ゆほすき)」。その名の通り、今でも地面を少し掘れば、たちまち湧き出すほど湯の豊富な町です。1日約12万トン湧き出るという豊富な湯量の恩恵で、町には公衆浴場が点在し、一般家庭の約7割に直接温泉が配湯されます。何ともうらやましい限りです。
地熱の影響、薩摩半島の最南端という地理的な要因、そして沖を通る暖流のおかげで一年を通して気候は温暖です。太古の頃から住み良い場所であったようで、市内全域に縄文・弥生時代の遺跡が見つかっています。そのうちの一つ指宿橋牟礼川は、日本史の常識を決定付けたことでも知られます。火山灰層を間に挟んで下層から縄文土器が、上層から弥生土器が出土したことで、縄文時代が弥生時代より古いことがこの発見によって初めて証明されたのです。火山灰層は開聞岳の噴火によるもの。標高922mの美しい円錐形をした開聞岳は、その姿から地元で薩摩富士として親しまれている秀峰です。
昭和30年代、温暖な気候と温泉に恵まれた指宿は、西日本を代表する新婚旅行のメッカでした。その新婚さんたちが目指す先は決まって開聞岳。ふもとの公園で新婚旅行記念に植樹するというのが当時大流行しました。そんな幸せいっぱいの新婚さんを開聞岳と共に写真に収めてきたのが、父の代から写真館を営んできた馬渡成貴さん、御年88歳。
「新婚の時に植樹に訪れたという老夫婦がたまに何組か指宿にやって来るんですよ。ひょっとすると当時私が記念写真を撮った方たちかもしれないと思うと感慨深いですね」
温浴効果は抜群の天然砂蒸し温泉
指宿を有名にしている観光資源の筆頭はやはり砂蒸し温泉でしょう。海岸に湧出する高温の自然温泉を利用したいわば砂のサウナで、天然の状態で入ることが出来るのは世界でもここ指宿だけです。入浴法は至ってシンプル。砂の上に仰向けになり、頭以外はシャベルを持った砂掛けさんに砂で埋めてもらい、10~15分その状態を維持するというもの。ものの5分で額に汗が吹き出し、ジワジワと体全体が温まってきます。長く入り過ぎると、低温やけどをするので入浴時間は長くても15分程度。温浴効果は抜群で、砂圧で血液の循環が促進され、高温による血管拡張で心機能が高まるため、しばらく身体がポカポカした状態が続きます。また、ナトリウム塩化物を含む温泉水には、発汗作用があり、新陳代謝を促すためリウマチなどの関節痛や冷え症、全身美容などにも効果が高いとされます。
砂風呂 |
指宿で砂蒸し風呂が始まったのは元禄16(1703)年頃。明治後期になると砂蒸し療法が人気を呼び、全国からたくさんの湯治客が訪れにぎわいました。その中にはあの与謝野晶子の姿も。波打ち際で自噴する温泉に興味を示したのか、こんな歌を残しています。
「白波の下に熱砂の隠さるる
不思議に逢えり指宿に来て」
市街地に近い摺ケ浜と、かつてカツオ漁などで栄えた旧山川町の伏見海岸の2カ所で砂蒸し温泉が体験出来ます。温泉施設には、砂を落とすための温泉浴場があり、浴衣の貸し出しも行っているので気軽に試すことが出来ます。
指宿名物の回転式そうめん流し |
「回転式」発祥の地唐船峡のそうめん流し
指宿にはもう一つ、全国に誇る名物があします。この地で誕生した回転式のそうめん流しです。そうめん流しと言えば、長い竹の樋をそうめんが滑り落ちていくあれを想像しますが、ドーナツ状に水路を設けた大きなプラスチック製の器の中を、そうめんがひたすら回り続ける回転式こそが指宿では唯一無二のそうめん流しです。
そうめん流しを体験出来るのは、市内開聞町の唐船峡。夏でも涼しい山深い峡谷で、平成20年には環境省の平成の名水百選に認定されています。杉の大木群の根本から1日10万トンも湧出する清涼な水は、年を通じて13度を保っており、そうめん流しはこの水を利用した町の事業として開発されました。例の回転式を発明したのは、旧開聞町(現在は指宿市)の町長。昭和42年にこの装置が意匠登録されたことで、指宿はそうめん流し発祥の地となりました。
装置の仕組みはとてもシンプル。60m上方に設置された貯水タンクから水が送られるのですが、そうめん流し台の所でパイプが急に細くなっているため、水は出口で勢いよく噴出します。この力を利用して装置の中で水流が起こります。水は装置の外周をぐるぐる回り、あふれた分が中央の排水口に流れていきます。水流に合わせてそうめんを流し入れると、勢いよく白い麺が踊るように回り出します。流れに箸を立てると、次々とそうめんが端に絡みついてきました。なるほど、これはやみつきになりそうです。
夏には行列が出来るほど市民に親しまれていますが、冬の寒い時にわざわざ食べにくる物好きもいて、年間を通して30万人が訪れる観光名所となっています。
2013年取材(写真/田中勝明 取材/砂山幹博)
▼鹿児島県指宿市
薩摩半島最南端、鹿児島湾(錦江湾)口に位置する都市。北は県庁所在地の鹿児島市と、西は南九州市と隣接します。暖流の影響で年間平均気温が19度と高いため、「日本のハワイ」とも形容されます。
写真説明
●砂風呂:浴衣姿で頭にタオルを巻き、砂の中でじっとしていると、全身にじんわり汗が噴き出してくるのが分かります。砂から上がり、身体を洗った後の爽快感は格別です
●浴衣に着替え頭にタオルをかぶって砂の上に寝そべると、砂掛けさんが砂を掛けてくれます
●常時90度の蒸気が噴出する「スメ」と呼ばれる地熱蒸し設備。市内の鰻地区には一戸に一つあるのが普通。卵なら5分20秒で蒸し上がります
●開聞岳の眺望がすばらしい絶景温泉。大海原と温泉が一体化しているような不思議な感覚にとらわれます(たまて箱温泉 TEL.0993ー35ー3577)
●伏目海岸から目と鼻の先、田園に囲まれた高台にある山川地熱発電所。地下の岩盤の中に閉じこめられているマグマの熱で高い温度になっている地下水を蒸気井で取り出して発電に使用しています。出力は3万kw
●開聞岳の眺望やカーブを描く海岸線が美しい長崎鼻は、浦島太郎が竜宮城へ旅立った岬と言い伝えられています。すぐそばには、豊玉姫(乙姫)をまつる竜宮神社がありました
●鹿児島では、あらかじめ好みの量の水で割った芋焼酎を「黒じょか」と呼ばれる容器に入れて燗を付けるのが通の飲み方。この黒じょかを生み出したのが、薩摩焼の流れを汲む長太郎焼窯元の初代、有山長太郎です。錦江湾に写る桜島の姿がちょうどソロバンに似ていたことにヒントを得、胴体を鋭角にした酒器が生まれました。写真は、現陶主の有山禮石さん。黒じょかと共に(指宿長太郎焼窯元 TEL.0993ー22ー3927)
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