頬を抜ける風が心地よい、山深き奥飛騨・神岡へ - 飛騨

レールマウンテンバイク・ガッタンゴー

廃線の線路をこぎ進む

線路を走るのは電車でもトロッコでもなく、自転車でした。もう少し正確に説明すると、廃線となった線路の幅に合わせた鉄製の特製フレームに2台のマウンテンバイクを固定し、自転車をこぐことでレール上を疾走することが出来るという乗り物です。周囲を山に囲まれた飛騨の大自然を、心地よい風を受けながらペダルをこぐ新感覚のこのアクティビティは、レールの継ぎ目を通過する時のガタンゴトンという体感音から「レールマウンテンバイク・ガッタンゴー」と名付けられました。

飛騨市神岡町は、鉱山と共に発展してきた町です。奈良時代に黄金を産出して天皇に献じたという言い伝えがありますが、1874年に三井組が近代的な鉱山経営を始めた頃から、鉱山町としてめざましい発展を遂げました。総採掘量は約130年間で7500万トンに達し、亜鉛、鉛、銀鉱山として一時は東洋一と称されました。ところが、円高不況やさまざまな国内外の要因から、2001年に鉱石の採掘を中止。精製した亜鉛や鉛を運搬するために作られ、鉱山と共に1世紀近くの歴史を刻んできた第三セクター神岡鉄道神岡線も06年11月末に廃止されました。廃線にはなったものの線路だけはなんとか残したいと、有志が発案したのがレールマウンテンバイクです。

有志の一人が、サイパン旅行で体験したアクティビティがヒントになりました。サイパンのジャングルには今も旧日本軍が敷設した軌道が残っており、そこをマウンテンバイクで走るツアーがあります。軌道の大部分は土に覆われていますが、ちょうどレール部分がくぼみの底となる状態で整備されており、レールの上をマウンテンバイクで走ることが出来ました。

この体験が非常に爽快で、神岡の廃線にも応用出来ないかということからプロジェクトはスタート。何度か試行錯誤を繰り返し、一般の人が乗っても安全な現在の仕組みを作り上げました。

レールマウンテンバイク・ガッタンゴー

神岡鉄道が廃線となった4日後、既に試作が完了していたレールマウンテンバイクに搭乗し、当時の市長や地元ライオンズクラブのメンバーを含めた約10人が始発駅である奥飛騨温泉口駅から終点の富山県富山市の猪谷駅までの全線19.9kmを往復。自らこいで線路を進む感覚と、トンネルと鉄橋が連続する景色のすばらしさに観光資源としての手応えを感じました。こうして07年4月にレールマウンテンバイク・ガッタンゴーは、奥飛騨温泉口駅から神岡鉱山前駅の間の2.9kmを約1時間で往復する形で営業を開始しました。

レールマウンテンバイク・ガッタンゴー

廃線がよみがえる

レールマウンテンバイクは車両のバリエーションが豊富です。創業当初からある自力でこぐ自転車タイプの他、現在は主流となっている電動アシスト付き。更には3人以上で楽しめる観覧シートやチャイルドシート、ベンチシート付きのタイプもあれば、原付バイクで引っ張る3~8人乗りのトロッコ式などというものもあります。

今では、レールマウンテンバイク目当てに中京圏や北陸地方、関東、関西からお客さんが訪れており、その数は年々増加しています。運営管理を担当するNPO法人神岡・町づくりネットワークの山口正一専務理事に話を伺いました。

「2012年の年間利用者は神岡町人口の2倍以上となる2万人強。また、全国的にも他に類を見ない乗り物とあって、廃線を利用したアミューズメントの好モデルとして全国から視察に訪れます」

取材時は3kmのコースが一つ用意されているだけでしたが、距離を延ばすプランも検討されていました。

鉱山の閉山や鉄道の廃止に見舞われ元気を失っていた町に、さっそうと登場したレールマウンテンバイク。線路の保存を望む町の人が起こした小さな風は、多くの人々を巻き込んで次第に大きくなり、町に前へ進む新たな活力と自信を芽生えさせていました。

歩いて発見、神岡の魅力

山深く、谷深い飛騨神岡ですが、船津や大津という地名が残るように、かつては富山湾との間を舟が行き来していました。町中を横切る一級河川の高原川が物流の大動脈。周辺で伐採された木材を運ぶ流通手段でもありました。木が豊富だったことから神岡には昔から木地師の集団が住み着きました。そんな土地柄なので、400年前に始められた飛騨が誇る伝統工芸春慶塗の中でも、木材をろくろや旋盤でひいた挽物は神岡が発祥です。

共同水屋
共同水屋

高原川の流れに沿って形成された町には、その地形のおかげもあって、至る所に水が湧き出しています。年間を通して水温約11~14度と一定の温度を保つ湧き水は、昔から生活用水として重宝されています。町には今も共同水屋が10カ所以上点在し、現役で町の人々に利用されています。 そんな共同水屋を探しに町を散策していると、神岡が誇る郷土料理にお目に掛かりました。ニンニクや唐辛子などが入った味噌ダレで味付けされた国産牛ホルモンを、野菜と一緒に鉄板などで煮て食べる、その名も「とんちゃん」。半世紀以上前から神岡鉱山で働く労働者らに愛されてきたスタミナ料理です。他の地域にも同名の料理が存在し、その多くは豚を使いますが、神岡では決まって牛ホルモン。残り汁に、ご飯かきしめんを入れて締める食べ方が一般的。一家に一軒行きつけのお店があると言われるほどの定番メニューなので、神岡を訪れた際は自分好みのお店を探してみてはいかがでしょうか。

▼岐阜県飛騨市

2004年に、古川町、河合村、宮川村、神岡町の2町2村が合併して誕生した市です。南は高山市、西は白川村、北は富山県に接し岐阜県の最北端に位置します。周囲は,000mを超える北アルプスの山々に囲まれ、総面積の約93%を森林が占めています。かつては、東洋一の採掘量を誇った亜鉛や鉛で有名な鉱山の町です。

飛騨市神岡の町並み

写真説明

●レールマウンテンバイク・ガッタンゴー:レールマウンテンバイクには、タイヤとは別に車輪が設けられています。レールの継ぎ目を通過する時に出る「ガタンゴトン」の音が、足下からダイレクトに身体に伝わってきます。線路は災害時の緊急ライフラインとして、車両も移動手段として期待されています
●共同水屋:上水道が整備された今日でも、飲料及び生活用水として利用されています


●木目の美しさが際立つ飛騨春慶塗。透明な透漆(すきうるし)を最後に一度だけ上塗りをして仕上げます(撮影協力:神岡飛騨春慶館)

●とんちゃんは、1950年代から鉱山労働者らに愛されてきた飛騨神岡の郷土料理

●神岡から南へ足を伸ばすと、鉱山町とはまた違った魅力を持つ町があります。飛騨市古川町は、疎水路に沿って白壁土蔵が残る城下町。かつては生活用水にも使われていた流れには、丸々としたニシキ鯉が泳ぎ、風情あふれる町並みを散策する人でにぎわいます

コメント