朝市と初鰹でにぎわう南房総の漁港の町 - 勝浦

初鰹の水揚げ日本一の港

江戸中期の俳人山口素堂に「目には青葉 山ほととぎす 初鰹」の句があります。木々の新緑がまぶしく輝き、山からほととぎすの鳴き声が聞こえ、食卓には新鮮な初鰹が上がる。春から夏にかけ、江戸っ子が好んだものを詠んだ句ですが、とりわけ初鰹は支持されました。もう少し待てば盛りになって値段も安定するのに、待つのはやぼとばかりに我先にと値の張る旬の走りを求めました。初物に手を出すのは、粋の証でした。

さて、その初鰹であるが、大きさは40~50cm、重さで2~3kg程度が一般的。エサとなるイワシを追いながら黒潮に乗って日本列島沿岸を北上、関東沖を通って三陸沖まで移動します。南から上ってくるので「上りガツオ」とも呼ばれます。九州や四国沖で北上を始めたばかりのカツオはさっぱりとした味わいが特徴ですが、関東沖に来る頃には小ぶりながらほどよく脂が乗ってきます。

黒潮が房総半島沖に達する4~6月、勝浦周辺の海はカツオの好漁場となります。漁を行うのは、宮崎、高知、三重、静岡から出航した漁船で、全部で70隻ほど。カツオ漁船の漁師は2、3月にそれぞれの地元を出港し、一本釣りで漁をしながらカツオの群れを追い続けるという生活を約10カ月間も続けます。釣った魚をなるべく鮮度の高いうちに水揚げするため、カツオ漁船は勝浦港に入ります。最も水揚げの多い5月には、1日に約20隻が入港し港は活気づきます。7月になるとカツオは更に北上を続け、カツオ漁船も後を追います。勝浦以北でカツオの水揚げ港といえば宮城県の気仙沼港のみ。三陸沖での漁期が長いこともあって、一本釣りのカツオの水揚げ量では気仙沼が一位ですが、4~6月に取れる初鰹に関して言えば、勝浦が文句なしの1位です。

水揚げのため勝浦港に入港するカツオ船

朝7時頃にカツオ漁船が入港するというので勝浦港へ向かいました。水揚げされていたのは1匹で10kg近くはある大物ばかり。これは黒潮に乗ってやって来るカツオではなく、小笠原など遠方の島々を周遊しているものだそうです。大物が揚がってさぞかしうれしいのではと思いきや、漁協関係者に話を聞くと苦笑いが返ってきました。3kgほどの初鰹なら良い時で1万円の値が付くといいます。初物好きの江戸っ子気質は今も健在で、やはり小ぶりな初鰹が待ち遠しいのです。

房総半島を代表する郷土料理の数々

オンリーワンの勝浦グルメ

カツオを使った郷土料理はないかと勝浦の人たちに尋ねてみると、やはりありました。刺身以外では、まご茶漬けにして食べるそうです。まご茶漬けとは、カツオを生姜入りのしょうゆなどに浸して、熱いお湯やお茶、だし汁をかけて食べる漁師料理。仕事で忙しい漁師が、船の上で調理して食べたことから生まれました。勝浦に古くからある食べ方だといいますが、まご茶漬けを知らない人もいて、房総半島沿岸部で昔から食べられている「なめろう」ほどは一般的ではないようです。ちなみに、なめろうとはさばいたアジなど青魚の身に、味噌や刻んだネギや青じそ、生姜を乗せ、包丁で粘り気が出るまで細かく叩いたもの。ご飯の上に乗せても、お酒のアテにもピッタリです。

今度は、勝浦にしかない食べ物はないか聞いてみると、声をそろえて「勝浦タンタンメン」という答えが返ってきました。担々麺と呼ばれている練り胡麻の風味が効いたあちらとは全く異なる見た目をしている、勝浦で独自に進化したメニューだそうです。市内には専門店がある他、食堂やレストラン、ラーメン店、居酒屋などでも出され、パンフレットに載っているだけでも40店近くあります。店によってトッピングなどは異なりますが、一般的な勝浦タンタンメンはしょうゆベースのスープに具材としてみじん切りの玉ねぎとひき肉が入り、一面真っ赤なラー油に覆われています。実に刺激的なビジュアルです。なんでも海女や漁師が海仕事で冷えた身体を温めるために、50年ほど前に生まれたものらしいです。2011年にB1グランプリで全国デビューし、知名度も一気にアップしました。幾つかある人気店では、平日でも行列が出来るほどのにぎわいで、そのほとんどが県外市外の一見さんです。地元でも老若男女を問わず愛されてきた勝浦タンタンメンが、この人気ぶりで気軽に食べられなくなったと、うれしい悲鳴もちらほら聞こえてきます。

日本三大朝市をそぞろ歩く

水曜日を除く毎日市が立つのが、勝浦の朝市。勝浦港で水揚げされた魚介類を始め、地元農家が作った野菜や果実、切り花や工芸品などの露店70店ほどが、月の前半には下本町通りに、後半は仲本町通りに軒を並べます。400年以上の歴史を誇る朝市で、岐阜県の高山、石川県の輪島と並ぶ日本三大朝市の一つにも数えられています。

朝市が始まったのは天正19(1591)年。時の領主が領民に農業を奨励し、漁法を教え、それらの収穫品を交換し合う目的で市が開かれました。リアス式の海岸線を持つ勝浦は、平地が少なく畑が作れませんでした。反対に新鮮な魚介類は豊富だったため、近隣の農村から農産物がたくさん持ち込まれたようです。

勝浦の朝市
勝浦の朝市

昭和40年代は、お客さんのほとんどが地元の人でしたが、小さなスーパーが出来、その後に規制緩和で大型店が出店すると、若いお客さんはそちらに流れました。それでもひいきの店に通い続ける人は多く、店側も世代が変わっても同じ場所に出店し続けていることも珍しくありません。露店が並ぶのは午前6時頃から11時頃まで。今では年間20万人という買い物客の多くは観光客です。近隣のホテルで朝食を済ませた人たちが、朝市に出かけて行く姿もよく見かけます。

居合わせた常連さんに買い物のコツを教わりました。人出のピークは8~9時ですが、狙い目は終わり間際。余った品は持ち帰らないといけないので、11時少し前に行けば品を安く入手出来ることもあるとのこと。散策するだけでも楽しい勝浦の朝市、ぜひ一度お立ち寄りください。


2014年取材(写真/田中勝明 取材/砂山幹博)

▼千葉県勝浦市

千葉県の南東部、黒潮の北上する太平洋岸に面した都市で、海岸線は自然景観に富んでいます。市の中心部には、銚子港に次ぐ県下第2位の漁獲量を誇る勝浦港があり、古くから漁師町として栄えました。

勝浦城址
勝浦城址

写真説明

●房総半島を代表する郷土料理の数々:アジのなめろう(手前)や、カツオの刺身に湯やだし汁をかけたまご茶漬け(中央)など生の魚を使ったものが多くあります
●勝浦の朝市:天正年間から約400年続いており、日本三大朝市の一つと言われています
●勝浦城址:徳川家康の側室として、水戸藩と紀州藩の藩主を産んだお万の方(養珠院)ゆかりの城で、現在は八幡岬公園として整備され、眼前には太平洋の大海原が広がっています


●取材時に水揚げされたカツオは、黒潮に乗って太平洋を北上してきた「初鰹」ではなく、小笠原諸島周辺を回遊していたもの。前者に比べ大型なのが特徴です

●真っ赤なラー油に覆われた勝浦タンタンメン

●市内には、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の勝浦宇宙通信所があり、4基のアンテナで人工衛星の追跡と管制を行っています

コメント