冬の男鹿を熱くする神の使いと神の魚 - 男鹿

 

それは山からやって来る

12月31日。その年を締めくくる最後のこの日は、男鹿っ子にとって最も訪れてほしくない日でしょう。昨年も、その前の年にもさんざん泣かされた、あの恐ろしいなまはげがこの日、また家にやって来るのです。

毎年大晦日の晩に男鹿半島のほぼ全域で行われる奇習なまはげといえば、イコール秋田県というイメージが根強いですが、実は「男鹿のなまはげ」として商標登録もされている男鹿独自の重要無形民俗文化財です。大きな音で戸を開け、大声で叫びながら家に上がって­は「怠け者はいねが~。泣ぐ子はいねが~」とターゲットである子どもや嫁を探しまわります。頭に角、手には包丁という出で立ちからよく鬼と間違われますが、その正体は悪霊を追い払い、新しい神様を家の中へ迎え入れに山から降りてくる神の使いです。恐ろしいうなり声にしても、子どもたちの健やかな成長を願う気持ちが込められているといいますが、とてもそうは思えないと男鹿では誰もが口をそろえます。

「なまはげの空気感というのがあって、その日の晩になるとザワザワとずっと先の方からなまはげがこちらに近付いて来る気配がするんです。それが、いくつになっても恐ろしくてね」
と地元の人が教えてくれました。

男鹿の子どもは悪いことをすると「なまはげが来るぞ」と親や近所の大人に脅されて育ってきました。だから大人になってもその時の記憶が蘇るのか、なまはげに対し緊張感にも似た複雑な気持ちを持っているのだといいます。

恐怖、なまはげ体験

男鹿半島の突端、真山のふもとで常時なまはげ行事を再現しているというので立ち寄りました。この地方の典型的な曲家をそのまま活用した男鹿真山伝承館の玄関をくぐると、囲炉裏がある大部屋に通されました。しばらくすると家の奥から主人役が登場し、なまはげの語源について説明してくれました。勉強や仕事もしないで囲炉裏にばかりあたっているとヒザに「なもみ」と呼ばれる赤い火あざが出来ます。怠慢を戒めにこのなもみをはぎ取りに来る「なもみはぎ」が訛って「なまはげ」になったのだといいます。

なまはげ行事の再現シーン


主人役が定位置に着くと、いよいよ再現劇の始まり。まず、案内人役の先立が訪ねて来て、主人になまはげを家に入れても良いか確認します。その年に不幸があった家、赤ちゃんが生まれた家の訪問は避ける決まりになっているのです。先立の合図を確認すると、大きく、そして低くくぐもったうなり声を上げながら、2匹のなまはげが勢い良く家に入って来ます。なるほど、こうして目の当たりにすると、子どもが泣きわめく理由がよく分かります。

「怠け者はいねが~」と子どもや嫁を荒々しく探しまわるなまはげを主人がなだめ、酒と肴で丁重にもてなし始めました。子どもや嫁は家のどこかに隠れているという設定らしいです。主人のお酌を受けながら世間話に花を咲かせるなまはげでしたが、子どもと嫁の姿が見えないことに気づくと「なぜいない」と、突然怒り出しました。「怠け者は山へ連れて帰る」と、また家の中を探し出します。そこで主人は「来年までにしつけておくから」と、餅を渡して勘弁してもらいます。なまはげは餅を手に、来年も訪れることを約束して山へ帰っていきます。

なまはげ面


このやり取りはあくまで昔ながらの形式を色濃く残す真山地区のケースで、詳細は集落で異なります。異なると言えば、なまはげ面も集落によってまるで違うものを使います。木彫りが一番多いのですが、竹ザルや木の皮、金属で面を作っているものもあります。いわゆる「なまはげ」としてよく知られる木彫り面は、昭和30年代に男鹿半島の観光PRを目的に作られたものと聞いて驚きました。今では実際に使っている集落もありますが、作られた当時は架空の面であったのです。男鹿真山伝承館に隣接するなまはげ館では、大晦日に各集落でしか見られないなまはげを一度に鑑賞出来ます。

集落からなまはげが去ると、まもなく男鹿には新しい年がやってきます。

ハタハタ料理

男鹿で男鹿ブリコ

日本海で寒流と暖流がぶつかるのがちょうど男鹿半島の沖あたり。だから男鹿の食卓には両海域の魚が上がります。暖流の影響が強くなる晩春から夏にかけてはマダイやブリ、冬は寒流系のタラが主役ですが、1年を通して最も量が取れるのが県魚でもあるハタハタです。もともと水深250m前後の海底に生息する魚で、底引き網漁で年中水揚げがあります。これが11月下旬から12月中旬にかけてのわずかな期間に限り、産卵のために沿岸の藻場へと押し寄せてくるのです。大群を定置網や刺し網で捕らえる「季節ハタハタ漁」は冬の秋田の風物詩にもなっています。その昔、食べ物が乏しかった沿岸の人々にとって、冬の訪れに轟く雷(神鳴り)と共に突然海岸に打ち寄せる取りきれないほどのハタハタの大群は、雷神様が遣わした魚と信じられました。「鰰(魚へんに神)」をハタハタと読ませるのにはそんな理由があるのだと聞きました。

卵が産み付けられる藻場は、海岸からわずか30~50mの場所に集中します。投網で取る人もいるほど目と鼻の先です。この卵こそが秋田音頭にも歌われる男鹿ブリコ。プチプチの弾力と粘り気が楽しめるブリコが入ったメスは季節の味で、男鹿ではこれを食べないと冬が来た気がしないというほどのソウルフードです。シンプルに煮付けや塩焼きにして頂くのが男鹿流。ただしブリコは鮮度が命で、保存や輸送が難しい食材です。本当にうまいものはここ以外ではそう滅多に食べられません。

「男鹿で男鹿ブリコ」
なるほど、この言葉の真意が分かったような気がしました。

2013年取材(写真/田中勝明 取材/砂山幹博)

▼秋田県男鹿市

秋田県臨海部のほぼ中央、日本海に突き出た男鹿半島の大部分を占める都市。半島の付け根には大規模な干拓で有名な八郎潟の残存湖、西に真山、本山、毛無山の男鹿三山、中央部に寒風山がそびえ、東部の海岸には険しい断崖奇岩の絶景が続きます。変化に富んだ美しい自然景観から、1973年に男鹿国定公園に指定されています。

写真説明
●なまはげ行事の再現シーン:家の主人役となまはげによる問答には、あえてこの地方の方言が使われるため、本番さながらの臨場感が伝わってきます。男鹿真山伝承館にて
●なまはげ面:男鹿市北浦のなまはげ館には市内各地区で使われてきたなまはげ面が展示されています。面白いことに、よく知られる「なまはげ」のイメージとはかけ離れた面ばかりでした
●ハタハタ料理:手前からシンプルな塩焼き、米に米麹、野菜と共に乳酸発酵させて作る飯寿司(いずし)。脂の乗ったハタハタにしょっつるの独特な風味がよく合うしょっつる鍋



●男鹿市門前にある鬼が積んだと言われる999段の石段。石段の先には5匹の鬼を祭った赤神神社五社堂が鎮座します。男鹿ではこの鬼こそがなまはげであるという説を始め、異邦人漂流説や修験者説などがあります

●なまはげ面職人の2代目石川千秋さん。男鹿半島の観光PRを目的に、先代と共に彫った観光用の面が現在の秋田のなまはげのイメージを作り上げました

●世界三大魚醤の一つ男鹿名物の「しょっつる」。原料はハタハタと食塩のみ。塩分で腐敗を抑制しながら3年以上の時間をかけて熟成させます。大量に捕れたハタハタを大切にしてきた男鹿の文化を感じる逸品です(株式会社諸井醸造 TEL.0185ー24-3597)

●現在市内30店舗で食べることが出来る男鹿しょっつる焼きそば。具材は各店お任せですが、肉は使わず海鮮を使い、しょっつるで味付けする点だけが共通しています(喫茶アンナプルナ TEL.0185ー25ー3188)

●男鹿市のシンボルである寒風山からの眺望。右手には日本海の海岸線が、中央から左にかけては、かつて琵琶湖に次いで日本で2番目の大きさだった八郎潟の埋め立てで残った八郎潟調整池(残存湖)が見えます

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