清らかな水が育む初夏の味覚じゅんさいの里 - 三種

じゅんさい沼
じゅんさい沼

箱舟を浮かべた昔ながらの収穫作業

6月半ば、田植えの済んだ米どころ秋田の水田には若緑色の苗が揺れています。三種町へ入って車が国道から外れると、水田の所どころに水草に覆われたじゅんさい沼が見えてきます。三種町は生産量日本一のじゅんさいの産地です。

じゅんさいは澄んだ淡水の沼や池に生息する水草で、『万葉集』では「沼縄」の名で歌に詠まれています。全国各地に自生して古くから食用にされていましたが、開発や水質の悪化によって今ではほとんど姿を消してしまいました。

三種町には町の北方にある白神山地や、能代市との境にまたがる房住山から流れた地下水が湧き出した沼が点在し、地元の人たちは昔から山菜と同じように季節の味覚として、沼に自生するじゅんさいを食べてきました。

食用にするのは水面下で芽吹いた新芽や若葉、蕾の部分。透明なゼリー状のぬめりに包まれたじゅんさいは、料理に涼感を添える高級食材として珍重されるようになります。三種町で栽培が盛んになり始めたのは1970年代のこと。国の減反政策を受けて、稲作からの転作作物として広まりました。

じゅんさいの収穫時期は5月から8月にかけて。㈱秋田芝生(石川正志代表取締役)のじゅんさい沼で収穫作業を見せてもらいました。会長の石川勇吉さんは芝生生産・土木の事業を10年前に息子に任せ、農家だった両親が手掛けていたじゅんさい栽培に乗り出しました。首都圏の高級レストランと契約して無農薬栽培にも取り組んでいます。

じゅんさい沼の水は、白神山地のふもとから引いたものが供給されています。水が奇麗な証しに、沼にはメダカやオタマジャクシ、ゲンゴロウ、タニシなど今では希少になった生物が棲み、それら水中の生き物を狙ってカワセミも姿を見せます。赤紫色の小さな花が咲く頃になると、沼の上をオニヤンマが飛び回ります。

じゅんさい摘み

じゅんさい摘み
じゅんさい摘み
じゅんさいの摘み手は主に田植えを終えた近隣の農家の女性たちです。水の深さは40cmほどで、左手に持った長さ1m余りのこぎ棒で箱舟を操りながら、葉の付け根に出た新芽を指で摘み取っていきます。水面に箱舟を浮かべた様子は端から見るとのどかに見えますが、膝を抱え前屈みの姿勢を取り続けるかなりの重労働です。

最盛期には朝6時から午後3時頃まで作業を続け、中には舟から上がる時間を惜しんで昼の弁当を持って乗り込む人もいるそうです。収穫されたじゅんさいは加工場へ運ばれ余分な部分をカットして、その日のうちに出荷されていきます。

生のじゅんさいはグレーがかった色をしていますが、茹でると奇麗な緑色になります。熱処理をした加工品が通年出回っていますが、生じゅんさいのプリプリとした歯触りとツルンとした喉ごしは、この時期しか味わえないもの。地元では酢の物の他、半づきにした米を丸めただまこもちと共に鶏鍋の具材にして食べます。

じゅんさいはそのもの自体に味がないのでさまざまに応用が利きます。町の飲食店ではじゅんさい丼や、ナタデココのような食感を生かしたじゅんさいパフェなど新たなメニューにも挑戦しています。地元の人たちに聞いてみたところ、サッと湯通ししたじゅんさいをキリリと冷やして食べるのが一番、と声をそろえていました。ただし味付けとなると、ポン酢やしょうが醤油、わさび醤油、酢味噌とそれぞれ好みが分かれるようです。

地区ごとに特徴を生かした農産物

三種町は平成の大合併で山本郡琴丘町、山本町、八竜町の三町が合併して出来た町です。町の名前は三町を流れる川の名前に由来します。三種川は旧琴丘町の房住山に源を発し、旧山本町を横断して、旧八竜町の八郎湖に注いでおり、三町の一体感を表すにふさわしい名でした。旧三町にはそれぞれに特産品があります。大小の沼が点在する旧山本町がじゅんさい、旧琴丘町は梅、旧八竜町はメロンです。

旧琴丘町では平成8年、特色ある生産物を作ろうと町の花だった梅の栽培を推進し、農業公社を立ち上げました。同じ寒冷地の梅産地を視察して、寒さに強い白加賀や藤五郎、越の梅などの品種を選び、山裾の5.3haに1250本を植栽。現在は約1800本が植えられています。

金仏梅林公園
金仏梅林公園

梅林の管理を担当している鎌田さんによれば、最も大変な作業は休眠期の冬に行うせん定です。梅林には日本海から寒風が吹き付け、降り積もった深い雪の中で作業を行わなくてはなりません。厳しい冬を越して梅の花が咲くのは桜より少し前の4月中旬頃で、開花に合わせて観梅会が催されます。栽培用の白梅に混じって、受粉と観賞用の紅梅が色を添えて、ほのかな香りと共に訪れる人を楽しませます。7月初めには収穫時期を迎え、梅酒や梅ジュース、梅そうめんなどの加工品も作られています。

三種川下流に位置する八竜地区では、海岸沿いの砂丘地帯で八竜メロンが栽培されています。以前はブドウ栽培が盛んでしたが、昭和40年頃にメロンの作付けが始まって一大産地となりました。砂地は水はけが良く、一日の温度差が大きいことから、糖度の高いメロンが育ちます。

八竜メロン
八竜メロン

撮影に協力してくれた荒谷さんの畑ではミツバチを使って受粉作業を行っているとのこと。着果した実の下には実を傷めないように一つずつ皿を敷きます。皿を敷くことで、均一に色づいて形の良いメロンが出来るそうです。

海岸線に沿って風力発電の風車が延々と並びます
メロン畑から防風林を隔てた所にある釜谷浜には、17基の風力発電装置があります。砂浜に立つと、隣接する大潟村、能代市の海岸線のはるか彼方まで無数の風車が並んでいるのが見えました。この釜谷浜海水浴場では毎年7月、サンドクラフト・イン・みたねが開かれ、砂像コンテストや高校生を対象にした砂像甲子園が行われます。

2017年取材(写真/田中勝明 取材/河村智子)

▼秋田県三種町

秋田県北西部に位置します。2006年に山本郡琴丘町、山本町、八竜町の3町が合併して誕生しました。町名は3町を流れる三種川に由来します。隣接する能代市にまたがる房住山は鎌倉時代に山岳仏教の拠点となった山で、樹齢200年余りの天然秋田スギが繁る山内に当時を偲ばせる三十三観音像が点在します。美しい夕陽が見られる釜谷浜海水浴場で毎年7月に開かれるサンドクラフト・イン・みたねは今年で21回目を迎えました。生産量日本一のじゅんさいの産地で、小舟に乗って行うじゅんさい摘みの風景が夏の風物詩となっています。
【交通アクセス】
町内にはJR奥羽本線の鯉川駅、鹿渡駅、森岳駅、北金岡駅があります。秋田駅から森岳駅まで約50分。
主要道は国道7号。秋田自動車道の琴丘森岳IC、八竜ICがある。大舘能代空港から約50km、秋田空港からは約60km。

写真説明

●じゅんさい沼:水田から転換したもので、水面を覆うじゅんさいの葉はスイレンよりもやや小ぶりです(撮影協力/㈱秋田芝生 Tel.0185-87-3254)
●じゅんさい摘み:水面に葉が多いと新芽が見つけにくいので、「眼鏡」と呼ばれる木枠を付けて収穫します
●金仏梅林公園:約5.3haの公園には、花の見頃には多くの人が訪れます
●八竜メロン:八竜地区では、国内でも珍しいサンキューメロンや、タカミメロン、グレースメロンなどさまざまな品種が作られています


●旧山本町のじゅんさい


●旧琴丘町の梅


●旧八竜町のメロン


●飲食店3店が提供する新メニューの三種じゅんさい丼。酢飯の上の茶巾卵にじゅんさいがたっぷり包まれ、刻み梅がアクセントになっています(撮影協力/さくら亭 Tel.0185-53-3933)

コメント