幕末から明治の面影を残す文化の里・宇和の今昔 - 宇和
卯之町 |
宿場町の雰囲気を今に伝える卯之町の家並
宇和町は西予市の中央やや西寄り、肱川上流に広がる宇和盆地にあります。宇和盆地は古くからの穀倉地帯で、藩政期には宇和島藩の米蔵の役割を担っていました。また中心地の卯之町は、宇和島街道の宿場町として発展すると共に、四国八十八箇所霊場・明石寺の門前町としてもにぎわいました。
卯之町には江戸中期から昭和初期までに建てられた町家が残り、白壁、うだつ、出格子など、伝統的な美しい町並みが続きます。また、高野長英の隠れ家や二宮敬作住居跡などの文化財が数多く残り、西日本最古の開明学校や大正時代に建てられた卯之町キリスト教会などの洋風建築も点在するなど、歴史の流れを感じさせます。
司馬遼太郎の『街道をゆく』では、第14巻に卯之町が出てきます。その中で司馬は、同行した挿絵画家・須田剋太が「ここは大変な所です。京都だって奈良だってこんな一角がありますか」と、大興奮で語る場面を描いています。そして司馬は、奈良市の町家を思い浮かべながら、こんな町並みはここ以外に残っていないかもしれないと思った、と記しています。更に二人は、「たとえあったとしても、ここのように町全体が明るくはないだろう」との感想を述べ、それは白壁がふんだんに使われていることと、道路が広いせいではないか、と分析します。
確かに、卯之町の通りは普通の街道より幅が広くなっています。これは、大八車がすれ違えるようにしたものだそうで、往時は5軒あったという造り酒屋を始め、宇和盆地の米や宇和ヒノキを扱う商家の大八車が、町を行き交っていたことをほうふつさせます。
そんな卯之町を歩いていると、屋根の上にさまざまな飾り瓦が付いているのを目にします。通常は鬼瓦が置かれている所に、野菜や七福神、家紋、水の字などが載っています。
例えば、最近まで旅館だった家の玄関屋根にはえびす様と魚。で、この魚、えびす様だけにタイかと思いきや、これがコイ。しかも阿吽のコイときています。どうやら「商売繁盛、お客様来い来い」ということらしいのです。また、ダイコンとナスを組み合わせた飾り瓦もあり、地元の方の解説では、これはそれぞれ女性と男性の象徴で、その家が以前は遊郭だったことを示しているのだということです。
松屋旅館 |
また卯之町は電柱も電線も表に出ていないため、非常にすっきりとした奇麗な町並みとなっています。宇和島街道に面した町家の裏に電柱を移動したためで、地域の人たちが、卯之町の景観維持に積極的に協力していることが分かります。
この卯之町の一角に、江戸時代から続く旅館があります。犬養毅や浜口雄幸、尾崎行雄、新渡戸稲造、賀川豊彦など、多くの政治家や文化人が利用した老舗旅館です。
現在の当主は大氣家ですが、実は昔は大塚姓でした。江戸時代、卯之町で大火があり、松屋旅館も全焼しました。その際、大塚家はかろうじて二人の子どもが助かり、和氣家の助けを借りて旅館を再興させました。そして、その恩義を忘れないよう、和氣家の一字をもらい、大氣姓を名乗るようになったそうです。
松屋旅館には、代々の女将が受け継ぐぬか床があります。このぬか床も江戸時代の大火で一度は失っています。そのため松屋旅館には、「火事の時は何をおいてもぬか床だけは持って逃げろ」という家訓があります。
松屋旅館名物の「漬け物御膳」では、自慢のぬか漬けの他、塩漬け、味噌漬け、醤油漬け、粕漬け、ブレンド漬けなど、多種多様な漬け物が供されます。しかも、客が到着して食事をする時間から逆算し、野菜ごとにぬか床に入れるタイミングを変え、ちょうどよく漬かった時に提供するというこだわりよう。ぬか床と共に、おもてなしの心も受け継がれているのでしょう。
豊富な天然水がつくり出すものたち
宇和町は、古くから酒造りが盛んでした。江戸時代には、重要伝統的建造物群保存地区にある中町の300mほどの通り沿いに5軒の造り酒屋がありました。それには、宇和町が米所であったことと、豊富な天然水に恵まれていたことが関係しています。
5軒の造り酒屋のうち今も残る元見屋酒店では、宇和盆地で自社栽培した山田錦と裏山から湧き出る天然水を使って、昔ながらの酒造りをしています。また酒造業から醤油造りに転向した清澤屋(末光家)の跡を受け、西予市で唯一昔ながらの醤油を醸造する宇和ヤマミ醤油は、蔵の一角に掘られた井戸水を使い、手間暇掛けてじっくりと醤油を仕込んでいます。
宇和町を流れる肱川は、大洲市との境にある鳥坂峠を源流に南予地方一帯を潤します。肱川の支流は474本もあり、流域の水の豊かさを物語ります。また、明間地区には名水百選に選定されている湧水・観音水があります。
木枠に糸を掛ける佐藤友佳理さん
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観音水は、山の斜面の鍾乳洞から湧き出ています。伝説では、戦国時代にこの地を治めていた兵頭一族が、京都の清水寺に参詣後、観音像を安置して念じたところ、清水が湧き出したので観音水と名付けたと言われています。
湧出量は日量8000トンと言われ、水温は年間を通じて14度だそうです。石灰岩が地下水などによって溶食された鍾乳洞を水源とするため、水質はミネラルを多く含む弱アルカリ性。明間地区では、各家庭に観音水が引かれ、また普段からポリタンクやペットボトルを持って名水をくみに訪れる市民や飲食業者も多くいます。
明間地区には、この観音水を使い、新機能の和紙作りに取り組む和紙工房りくうがあります。りくうは和紙デザイナー佐藤友佳理さんの工房で、伝統的な和紙の原料である楮に、人工ゼオライトの微粒子を付着させ、湿度調節や消臭機能がある「呼吸する和紙」により作品を生み出しています。
ゼオライトは天然鉱石ですが、今ではより高性能な人工ゼオライトも生まれています。脱臭・除湿効果に優れ、抗菌作用があり、有毒ガスを吸着したり、有害な化合物を分解除去したりすると言われ、福島第一原発事故の汚染水対策にも使われました。
これらの機能を持たせた和紙の開発は20年以上前から島根県で行われていました。島根では古くからゼオライトを石州瓦の釉薬に使っており、これを同じ島根の伝統工芸・出雲和紙と結び付け機能和紙が開発されました。
佐藤さんは和紙産地である愛媛県内子町五十崎の出身で、東京でデザインの勉強をした後、父の建設会社の和紙事業部に入りました。そして愛媛県産業技術研究所との共同開発により建築向けのゼオライト和紙を製作。2012年に独立し、祖父母が暮らしていた明間にアトリエを構えました。
佐藤さんの和紙は手法はもとより、アイデアやデザインが、伝統的な和紙とは大きく異なっています。作業はデザインから始まります。それに合わせて作った木枠に釘を打ち、そこに糸をランダムに掛けていきます。大型のものでは糸掛けだけで2~3日を要することもあるそうです。そしてそれを楮とゼオライトで作ったオリジナルの水に何度も浸して仕上げていきます。
現在、国内外でインテリアや建具などのデザイン、製作に携わり、多方面から注目される存在となっています。そんな中、佐藤さんは、今後は宇和ヒノキと和紙を使った商品を開発するなど、宇和をアピールする活動もしていきたい、と話しています。
2019年取材(写真/田中勝明 取材/鈴木秀晃)
▼愛媛県西予市宇和町
西予市は愛媛県南西部、2004年に東宇和郡の宇和、野村、城川、明浜と西宇和郡三瓶の5町が新設合併して誕生。旧5町のうち宇和は江戸時代から宿場町として栄え、中心部の卯之町は重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。伝建地区には西日本最古の学校で、白壁やアーチ型の窓など当時の姿のまま現存する開明学校があります。卯之町はドイツ人医師シーボルトの門弟・二宮敬作と、シーボルトの娘で二宮が養育し日本初の女医となった楠本イネが暮らした町でもあります。更に高野長英が隠れ住んだとされる住居もあり、歴史ファンにはこたえられない土地となっています。また、名水100選に選ばれている明間地区の観音水を始め、宇和は水が非常にいいことでも知られています。
【交通アクセス】
愛媛県四国中央市の川之江JCTから同県宇和島市の宇和島北ICを結ぶ松山自動車道・西予宇和ICから、卯之町までは約1.5km。
JR四国予讃線の伊予石城、上宇和、 卯之町、下宇和の4駅があり、卯之町駅は特急停車駅となっています。
写真説明
●卯之町:江戸時代に宿場町として栄えた卯之町は四国八十八カ所霊場第四十三番札所・明石寺の門前町にもなっています
●松屋旅館:創業およそ250年を数える老舗旅館。幕末から昭和初期にかけ多くの文人や政治家が利用しました(松屋旅館:TEL0894-62-0013)
●築約200年の酒蔵を改装したカフェ&ギャラリー「池田屋:TEL0894-62-0223」。1834(天保5)年に池田屋の創業者・鳥居半兵衛により建てられた鳥居門は観光スポットにもなっています。またライブやイベントなど若者向け企画も開催しています
●古民家をリノベーションした「卯之町バールOTO:TEL0894-89-1864」。西予市出身で2015年に地域おこし協力隊としてUターンした藤川明宏さんがクラウドファンディングで資金を集めオープン。地域の若者や観光客の憩いの場となっています
●明かり取りの天窓が設けられた江戸時代の帳場(元見屋酒店:TEL0894-62-0036)
●宇和町産の素材を生かした醤油で地元の人たちに親しまれている宇和ヤマミ醤油:TEL.0894-62-0167
●江戸時代から続く老舗旅館「松屋旅館」の名物は漬け物。代々の女将により受け継がれてきた大切なぬか床を管理するのは7代目女将の大氣真紀さんです
●松屋旅館の漬物御膳
●3次元曲面和紙照明「Dress」(和紙工房りくう:TEL.0894-89-1276)
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