伝統の技が今に息づく世界遺産の町 - 姫路

姫路皮革
調光エリアでの確認作業

伝統の白なめしから藍染めレザーまで

動物の皮を加工することを「なめす」といいます。漢字で書くと「鞣す」。文字通り皮を柔らかくし、耐久性を与えて革にしていく技術です。

姫路を中心とした播磨地方は古くから、なめし革の産地として知られていました。織田信長に命じられ、姫路城の増築を指揮した豊臣秀吉が、その完成祝いに信長へ献上したのも姫路の革でした。当時、皮革は武具や馬具の材料として貴重な品だったのです。

江戸中期には姫路藩家老・河合寸翁が、藩の財政再建のため倹約令の発布と共に、皮革や木綿の専売制を確立。姫路の革は全国的な販路を得て、大坂や京はもとより江戸にも流通しました。更に明治に入っても、時代の変化に対応しながら発展。1900(明治33)年のパリ万博では、本場ヨーロッパのなめし革と肩を並べて銅賞を獲得し、世界からも高い評価を受けることとなりました。

パリ万博に出品されたのは白なめしと言われる革で、姫路の高木地区で造られたものでした。ミルクのような白色をしているのが特徴で、その色と質の良さに世界が驚いたといいます。

当時のなめしは、原皮を川に漬けるところから始まります。その後数日、天日で干してから毛を抜き、更に脂肪を除く「皮すき」、毛根を除去する「ぬた取り」などの下ごしらえをします。そこから塩と油を使ってもみ、また水に漬け、天日で干すという作業を何度も何度も繰り返しました。

藍染めレザー
牛皮の藍染め
しかし、技術の進歩と共に作業も効率化。今では川に漬けるようなことはせず、植物の汁を使うタンニンなめしや、薬品によるクロムなめしが主流となっています。時間と手間がかかる白なめしは、現代では産業として成り立たせるのは難しく、高木地区でも技術を継承するための取り組みとして行われるだけとなっています。

それでも、皮なめしのノウハウはずっと受け継がれており、国産皮革の7割が、姫路市と隣のたつの市で製造されています。その中心は白なめしの生産地・高木地区で、今も約70軒の皮革製造工場(タンナー)があります。一角には「レザータウン高木・革の里」という施設もあり、なめし革の展示見学やタンナー見学、革小物製作体験などを受け付けています。更に毎月第1日曜日には、鞄、靴、小物などの革製品や、革素材を直売する「革の市」が開かれています。

最近は新しい動きもあり、中でも注目の一押しアイテムが、藍染めの革「姫路藍靼(らんたん)」です。藍染めレザーは姫路・はりま地場産業センターが5年前から取り組んでいましたが、これを高木地区にあるヒライコーポレーションが改良。大学で染料とたんぱく質の研究をしていた同社の平井誠司専務が、染めとなめしのテストを繰り返し、遂にノウハウを確立しました。

現在では安定して藍染めレザーを作れるようになり、平井専務は自らデザインして靴や財布、コートなどを試作。2015年から本格的に藍靼の販売を開始しました。最近では、神戸の革小物製品ブランド「バギーポート」と東急ハンズとのコラボ企画などもあり、こうした試みが、皮革産地としての知名度向上にもつながると期待されています。

江戸時代から続く伝統の技と味

姫路には、なめし革以外にも、多くの伝統工芸が残っています。その代表格が明珍火箸です。

明珍火箸風鈴
明珍火箸風鈴
明珍家は平安時代から続く甲冑師の家系で、現在の当主宗理さんで52代になります。武田信玄を始め戦国武将の甲冑にも明珍作は多くあります。しかし明治維新後、甲冑は必要とされなくなり、糊口をしのぐため明珍家は火箸作りを始めました。その火箸も、戦後は需要が激減。宗理さんは一時、本気で廃業を考えたといいます。それでも、800年続いた技を何とかして後世に伝えなければ、と考え出したのが、火箸を使った風鈴でした。

糸で吊るした4本の火箸が触れ合うことで、何とも心地よい音色を響かせます。その音に多くのミュージシャンが引きつけられ、スティービー・ワンダーや、世界的に有名なシンセサイザー奏者・冨田勲が絶賛。冨田勲は実際に、音楽を担当した映画『たそがれ清兵衛』や『武士の一分』で、明珍火箸を楽器として使っています。

この他にも姫路には、姫路はりこや姫路独楽といった伝統工芸があり、明珍火箸と共に書写山のふもとにある「書写の里・美術工芸館」に展示されています。同館では週末に、はりこと独楽の制作実演があり、絵付け体験も用意されています。

また、姫路には工芸ばかりでなく、江戸時代から作られている伝統菓子があります。家老・河合寸翁の推挙により江戸で菓子を学び、藩の御用菓子商となった伊勢屋本店は、姫路城と姫路駅のほぼ中間にあります。看板商品「玉椿」は珍しい黄身あんを薄紅色の求肥で包んだ菓子で、その色合いはまさに早春の椿を思わせます。

藩主酒井忠学と11代将軍徳川家斉の娘、喜代姫との婚礼に当たって考案され、河合寸翁が命名したといいます。そんないわれから、姫路では今でも結婚式の引き出物など、祝いの席に添える人が多いそうです。お願いすれば、白い餅の玉椿を合わせ、紅白のセットも作ってくれます。

玉椿
姫路を代表する銘菓・玉椿

原料には、生産量が少なく「幻のあずき」と呼ばれる白小豆を使用。香り豊かな風味と上品な甘み、そして柔らかく口当たりの良い食感で、多くのファンを持っています。

2015年取材(写真/田中勝明 取材/鈴木秀晃)

▼兵庫県 姫路市

姫路市は、県南西部の播磨地方。江戸時代には、「西国将軍」「姫路宰相」と呼ばれた池田輝政によって姫路藩が成立し、姫路はその城下町として整備されました。現在の市街地にも城下町の町割りが残ります。明治維新における廃藩置県の時期には、飾磨県の県庁所在地となりましたが、その後、兵庫県に編入されました。市域を東西に貫通する形で山陽新幹線・山陽本線・国道2号線が通り、姫路駅は世界遺産・姫路城の真南1kmに位置します。中核市に指定されており、周辺自治体を含め約74万人の姫路都市圏を形成しています。
【交通アクセス】
中心駅は山陽新幹線姫路駅。市内にはJR山陽本線、播但線、姫新線が走る他、山陽電気鉄道もあります
山陽自動車道の山陽姫路東、山陽姫路西の両インターチェンジがあります

写真説明

●調光エリアでの確認作業:協伸㈱の金田陽司社長はドイツの国立皮革技術専門学校を卒業し、オーバーマイスターの国家資格を取得。ヨーロッパから直接買い付けた原皮を、高い知識と技術で加工、品質の安定化と向上につなげています
●牛皮の藍染め:化学藍の一種インディゴピュアを使って染めます。牛皮は成牛の場合、背で半裁にし加工しますが、それでも重さ5kg、藍に漬けるとそれが8kgになります。それを樽の中でもみながら染める工程を15~20回繰り返します。牛皮1枚を染めるのにタオル約200枚分の藍を使います

姫路藍靼
姫路藍靼の試作品。浅葱、青藍、留紺、濃藍など7色があります



●姫路おでん:姫路では、おでんを生姜醤油で食べます。生姜醤油は、かける派とつける派があり、70年以上続く姫路おでんの元祖的なお店で、撮影にご協力頂いた「かどや食堂」さんは、かける派でした。地元では一般的な食べ方だったため、以前は関東煮やおでんとだけ呼ばれていましたが、2006年に姫路の食でまちおこしを考えるグループが「姫路おでん」と命名。今では、姫路を代表するB級グルメとなっています


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