地域のオンリーワンを守る雪国妙高の心意気 - 妙高
鮎正宗酒造の仕込み水
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豪雪がもたらす酒食のオンリーワン
妙高市の中心、新井の市街地から南へ約10km。長野県飯山市へ抜ける飯山街道(国道292号線)沿いの山間に、かやぶきの建物があります。
1875(明治8)年創業の鮎正宗酒造です。蔵の下からは酒の原料となる柔らかな水が、こんこんと湧き出ています。この辺りは豪雪地帯・妙高の中でも特に雪が多く、それらが伏流水となって湧き上がっています。
大自然に育まれた湧き水を口に含むと、まろやかな甘さを感じます。典型的な軟水で、鮎正宗酒造はそれを仕込み水に、さらりとした甘口の日本酒を作っています。淡麗辛口が主流の新潟にあっては珍しい存在ですが、山間に建つかやぶきの蔵元にふさわしい、ほのぼのとした印象を与えるお酒となっています。
また最近では、雪中貯蔵酒や女性に人気の発泡性清酒、ピンク酵母を使った色付きにごり酒「SAKURA」など、独自の商品開発に力を入れていることでも知られています。昨年夏には、上越市と妙高市の若手の酒屋12軒が合同で取り組むプロジェクト「酒らぼ」とのコラボで、杉樽で仕込んだ「シダーカスク」を発売。これは即日完売となる人気ぶりで、毎年、販売が待望されています。
鮎正宗の取材後、市街地へ戻って酒らぼの一員・やまぎし酒店を訪問。そこで撮影に協力してもらえそうな店を紹介してもらい、妙高らしい地酒と料理のアレンジをお願いしてみました。そうして出て来たのが、写真にある鮎正宗の純米生原酒と、かんずりソースの料理でした。
「かんずり」とは郷土食の「寒造里」が語源。雪の多い冬、新井地区の農家が、寒さしのぎのために作った伝統的な保存食が基になっています。この地域では昔から、各家庭で唐辛子をすりつぶし、それに塩を混ぜて鍋やうどんの薬味にしていたそうです。
かんずりの雪さらし |
しかし戦後、食が豊かになるに従い、唐辛子の寒造里を作る家庭は少なくなりました。そんな風潮を憂い、消えゆく伝統の味を残したいと、寒造里の商品化に取り組んだのが、㈲かんずりの初代社長・東條那次氏でした。現在の東條邦昭社長は、そんな父の泣き落としにあい、かんずり一筋の人生を歩むことになったと話していました。
1960(昭和35)年の創業から10年ほどは、試行錯誤の連続だったといいます。69年に県の推奨品に認定され、全国の物産展などに出品するようになりました。また隠れた特産品としてメディアに取り上げられる機会も増え、クチコミによって徐々に人気が高まってきました。そして今では新潟を代表する辛み調味料として、全国から引き合いがくるほどになっています。
かんずりには通常の3倍はある専用の大きな唐辛子を使います。無農薬栽培の唐辛子は夏から秋にかけ収穫し、良質なものだけを選別して天然の海水塩で塩漬けにします。年が明け1月の大寒の頃からは雪の上にまき、3日間程「雪さらし」をします。これにより雪が塩分を吸い取り、唐辛子のアクが抜けると共に、甘みを増しマイルドな味になるそうです。
雪から掘り起こされたかんずりは、細かく粉砕され、麹、柚子、天然塩と混ぜ合わせ、定期的に手返しをしながら3年間熟成させます。この間に唐辛子の辛味と麹のうま味、柚子の酸味と渋味、塩の風味が程良くブレンドされ、深い味が生み出されます。
平丸スゲ細工というオンリーワン
かんずりの古里・新井から飯山街道を南下すると、鮎正宗酒造を過ぎた辺りで道が二股に分かれます。どちらも長野県の飯山市に通じていますが、右は国道292号線の飯山街道、左は県道412号線の山道となります。左の道は冬期間、積雪のため閉鎖されます。閉鎖地点は、平家の落人の里と言い伝えられる平丸の集落です。
平丸スゲ細工
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雪に覆われる冬、平丸の男衆は出稼ぎに行き、留守を守る女たちやお年寄りは、副業として特産のスゲでゴザや蓑などを作っていました。が、昭和30年代に入ると、ビニール製品に押され、スゲで作った平丸の民具は売れなくなっていきました。
転機は1958(昭和33)年。住人の一人で特産品の行商をしていた岩崎クメさんが、長野で買った桐原牧神社の藁馬を持ち帰り、それを民具の作り手である岩崎勇作さんに見せ、スゲ馬の創作を依頼しました。
苦労の末に出来上がったスゲ馬は、赤倉温泉などの土産店で好評を博し、新たな商品として増産されるようになりました。その後、クメさんの発案で、干支にちなんだスゲ細工がスタート。それが当たり、最盛期の昭和46~47年には200人が製作に携わり、2000万円を売り上げるほどになりました。
その一方、平丸では急速に過疎化が進み、それに伴い高齢化も顕著に。当然、スゲ細工の生産者も年々減少。今ではわずか2人だけと、風前の灯火と言っていい状況となりました。
それを知って立ち上がったのが、若者を支援するNPOの代表・柴野美佐代さんでした。柴野さんたちは、若者の職場体験メニューとして、古里に伝わるスゲ細工に着目。スタッフの青野尚登さんと共に平丸に通い、職人の一人石田福治さんから基本のスゲ馬作りを学びました。
その中で、平丸のスゲ細工が後継者不足に陥っていることを知り、若者支援と併行して、その保存活動に取り組むことになりました。まず2015年3月に平丸スゲ細工保存会を立ち上げ、5月には空き家を借りて平丸にスゲ細工創作館をオープン。ここを拠点に、スゲの栽培から刈り取り、製作までを石田さんから学ぶことにしました。
伝統的な平丸スゲ細工というのは、干支細工のことを指します。そのため、十二支全ての作り方を覚えるには12年が必要となります。マニュアルは無く、石田さんら2人の記憶だけが頼り。
現在、柴野さんと青野さんが習得したのは、最初に教わった馬と、2015年のヒツジから今年のネズミまで、干支の半分を過ぎたところ。長い道のりですですが、柴野さんたちは、作り手の輪を広げ、全国で唯一無二の民芸品を次代につなげていきたいと挑戦を続けています。
2016年取材(写真/田中勝明 取材/鈴木秀晃)
2016年取材(写真/田中勝明 取材/鈴木秀晃)
▼新潟県妙高市
県南西部、長野県に食い込むような形で県境を接しており、隣接する自治体は県内2市に対し長野県4市町村と長野の方が多くなっています。市域西側には日本百名山の妙高、火打、高妻の三山が連なります。また、南の斑尾山周辺と合わせ、七つの温泉地と八つのスキー場など、自然豊かな観光資源を持っています。その一方、国内有数の豪雪地帯であり、豪雪地帯対策特別措置法において特別豪雪地帯に指定されています。中心市街地の新井は江戸時代、江戸と北陸を結ぶ北国街道と、信州の飯山と往来する 飯山街道が交差する交通の要所として発展しました。現在も旧街道沿いには古い町屋や東本願寺新井別院、康源寺、賀茂神社などといった神社仏閣が点在し、当時の雰囲気を垣間見ることが出来ます。
【交通アクセス】
上越妙高駅で北陸新幹線に接続するえちごトキめき鉄道の北新井、新井、関山、妙高高原各駅があり、妙高高原駅はしなの鉄道との境界駅ともなっています
上信越自動車道の妙高高原、中郷、新井スマートの各ICが利用出来ます
写真説明
●鮎正宗酒造の仕込み水:毎時6トンもの水量を誇る清澄な湧き水が、妙高市猿橋の蔵元・鮎正宗酒造を支える
●かんずりの雪さらし:白い雪に赤い唐辛子が映える、かんずりの雪さらしは、妙高を代表する冬の風物詩として、見学に訪れる人やメディアの取材も多い
●平丸スゲ細工:全て異なる手法で作られる平丸スゲ細工の十二支。昭和46年(亥=イノシシ)と平成14年(午=ウマ)は年賀切手の図柄にも採用されました
●明治8年創業、歴史を感じさせる見事なかやぶき屋根が目印の酒蔵・鮎正宗酒造
●かんずりソースを合わせた牛肉のタタキと鮎正宗の純米生原酒(撮影協力:薬膳屋一)
●平丸スゲ細工では、スゲの葉を木槌でたたき、繊維を毛羽立たせたものを素材として使います。それを何本か組み合わせ、葉を細かく編んで作った体に巻き付けていきます
●最後に毛足を整えると、普通のスゲ細工とは全く違う、ふさふさとした毛並みの干支が姿を現します
とん汁 たちばな:新井名物のとん汁専門店。具材は豚肉、タマネギ、豆腐と、いたってシンプルだが、シチューにたとえられるほど濃厚でやさしい甘みのある汁が特徴。味の決め手はタマネギ。まず2kgの豚肉を炒め、そこに大量(5kg)のタマネギを投入、更に400gの木綿豆腐7丁を加え、じっくり煮込む。そして最後に前の残り汁をブレンドして完成。創業から44年間、変わらぬ味を守り続け、地元客から観光客まで連日大盛況。多い日には600杯も出る超人気とん汁だ。
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