震災を乗り越え、明日へ踏み出す人々 - 塩竈
御釜神社に安置される4口の神竈
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陸奥国一宮・鹽竈神社
鹽竈神社を表参道から参拝すると、松尾芭蕉が「石の階九仞に重り(石段は極めて高く重なり)」と表現した、202段の石段が迎えてくれます。ふうふう言いながら石積みの急坂を昇り、随身門、唐門と二つの門をくぐると、正面に左右宮拝殿があります。
左宮には武甕槌神(たけみかづちのかみ)、右宮には経津主神(ふつぬしのかみ)が祭られています。左右宮拝殿の右手には、別宮拝殿があり、こちらには鹽土老翁神(しおつちおじのかみ)が祭られています。別宮と言うと、一般には本宮に付属する社のことを指しますが、鹽竈神社の場合、実はこちらが主祭神となります。
「しおつち」は「潮つ路」のことで、鹽土老翁神は航海の神とされます。そのため別宮は、松島湾を一望に見下ろす一森山の上に、海を背にして建てられました。別宮の「別」はいわば別格、特別の「別」ということになるでしょう。
鹽土老翁神はまた、塩の神としても信仰されています。鹽竈神社の社伝によると、武甕槌神(茨城県鹿島神宮主祭神)と経津主神(千葉県香取神宮主祭神)は、鹽土老翁神の先導で諸国を平定。役目を果たした二人は、元の宮へ戻りましたが、鹽土老翁神はこの地に残り、人々に製塩法を教えたとされます。
もともとこの辺りは、陸奥国府・多賀城の港として国府津と呼ばれていました。が、鹽竈神社が、陸奥国の総鎮守として建てられ信仰を集めるようになり、国府津に代わって鹽竈の名が地名として定着したと言われます。
そんな鹽竈神社の場外末社の一つに、御釜神社があります。鹽竈神社別宮と同じ鹽土老翁神を祭り、鹽竈神社の神器とされる4口の「神竈」が安置されています。この竈は、鹽土老翁神が、海水を煮て製塩する方法を教えた時のものであるとされています。
毎年7月10日の鹽竈神社例祭の際には、3神に供える神饌を調進するため、7月4~6日の3日間にわたって御釜神社で藻塩焼神事が行われます。神事では海藻から濃度の高い塩水(鹹水)を作り、これを煮詰めて塩にする一連の工程が儀礼として再現され、古代の製塩に関する行事を現代に伝えるものとして、宮城県の無形民俗文化財に指定されています。
顔晴れ塩竈
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藻塩とアカモク
古来、日本では藻塩焼神事と同様の方法で塩が作られていました。使われるのはホンダワラという海藻で、ホンダワラを広げた上から海水を注ぎ、これを煮詰めて塩にします。 塩竈でも以前は製塩が行われていましたが、近年、塩竈で塩が作られるのは、鹽竈神社例祭の時ぐらいになっていました。
そのため、塩竈市が開いたまちづくりのワークショップで、「塩竈に欠けていて、かつ必要なもの」として、参加者が真っ先に挙げたのが「塩」でした。そして、このワークショップをきっかけに塩づくりの取り組み「顔晴れ塩竈」が誕生しました。
藻塩の本家・塩竈の塩づくりは、マスコミにも取り上げられ評判となりました。が、事業化には製造場所や資金、量産化など課題が山積していました。
そんな中、市内で水産加工業を営む及川文男さんが、この活動に共鳴、自社の作業場に製塩竈を設置してくれることになりました。塩竈石を切り出しての竈組みを始め、出来ることは全て自分たちで行い、2009年から本格的に製塩事業を開始。「塩竈の藻塩」として販売を始めたところ、塩を核としたまちづくりに賛同した市内の協力店が、スイーツやラーメンに使ってくれるようになりました。
が、2年後の3月11日、東日本大震災が発生。顔晴れ塩竈も津波にのみ込まれ、残ったのは神棚と竈だけでした。それでも及川さんたちは、いち早く復興し、町のみんなとスクラムを組んで乗り越えよう、と震災2カ月後の5月16日には塩づくりを再開。以来、より強い思いで「塩」を核としたまちづくりに取り組んでいます。
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震災後に生まれたもう一つの取り組みに「地域横断アカモクプロジェクト」があります。アカモクは藻塩の原料となるホンダワラ科の藻の一種。秋田では「ぎばさ」と呼ばれ食用にされていますが、三陸ではわかめや昆布などの海藻が豊富なためか食用とはされず、逆に漁師たちからは網に絡む藻として厄介者扱いされていました。
シーフーズあかまの藻塩
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市内の水産加工会社シーフーズあかまでは、以前からこのアカモクに着目し食品に加工、07年には藻塩の開発にも着手していました。同じように、岩手県山田町にもアカモクに特化した協同組合がありました。そして13年秋、震災に負けず東北の食を復活させようと開催された「三陸フィッシャーマンズ・キャンプ」で、シーフーズあかまの赤間俊介さんと、岩手アカモク生産共同組合の高橋清隆さんが出会い、「地域横断アカモクプロジェクト」が誕生。現在はそれぞれの商品を作る他に、アカモクの知名度アップのため、「AKAMOKU」という共通ブランドの下、タッグを組んで全国発信に取り組んでいます。
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この他にも塩竈には注目の食が目白押し。生産日本一の笹かまぼこももちろんその一つ。
独特の塩のきき加減が特徴の小島蒲鉾店では、塩竈の藻塩を使った「しおがま」など、昔ながらの塩釜のかまぼこの味を追求。
逆に、「おとうふかまぼこ」という新たなジャンルを開拓したのが、直江商店。白身魚に大豆を練り合わせたもので、ふんわりとした新食感と、味付けに入れるたまねぎのほのかな甘みが絶妙にマッチし、子どもからお年寄りまで大人気。
また、塩竈の藻塩を使ったナツメのシフォンケーキもお薦め。しっとりふわふわの生地で、女性たちイチ押しの塩竈ブランドです。
2015年取材(写真/田中勝明 取材/鈴木秀晃 取材協力/志波彦神社鹽竈神社)
▼宮城県 塩竈市(塩釜市)
塩竈市は宮城県のほぼ中央、仙台と松島の中間にあり、陸奥国一宮・鹽竈神社*1の門前町として栄えてきました。また、陸奥国府・多賀城の港、国府津(こうづ)としても発展。今も港町の性格そのままに、近海マグロの水揚げ日本一を始め、新鮮な魚介類が豊富にあり、港町独特の食文化がつくられています。「寿司のまち」と呼ばれるように、すし店の数が多い他、魚肉の練り製品では日本有数の産地で、中でも笹かまぼこの生産量は日本一を誇ります。松島湾の島々のうち半分以上は塩竈市内にあり、松島観光の海の玄関口ともなっています。東日本大震災では、松島湾内の浦戸諸島を中心に甚大な被害を受けました。
*1:明治時代に志波彦神社が鹽竈神社境内に遷座し、現在は正式名称を「志波彦神社鹽竈神社」とし一つの法人となっています。
【交通アクセス】
東北本線塩釜駅と、仙石線の西塩釜、本塩釜、東塩釜の各駅があります。仙台から塩釜まで約16分、本塩釜まで約28分
三陸自動車道の利府中IC、利府塩釜ICからそれぞれ約15分
写真説明
●合同会社顔晴れ塩竈の藻塩づくり:ホンダワラを通した海水を丁寧にアクを取りながら煮詰めること10時間、濃縮された海水から結晶化した塩を取り出します
●シーフーズあかまの藻塩:シーフーズあかまでは、松島湾釜ノ渕の海水と湾内に繁茂するアカモクを合わせ、海藻の成分を含む藻塩を作っています
●直江商店の主力商品「おとうふかまぼこ」は先代社長が開発したもので、これまでのかまぼこの常識を覆す味と食感で一躍人気商品に。今では他の蒲鉾店でも、同様の商品を製造するようになっています
●ブログなどで絶賛されているナツメのシフォンケーキ。当初はカフェで出していましたが、あまりの人気にカフェを閉じ、今はシフォンケーキ専門店に。塩竈以外では東京・池袋にある宮城県のアンテナショップ「宮城ふるさとプラザ」で購入出来ます
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