富士山の湧き水がもたらす恵み。伝統野菜と川魚、そしてわさび - 都留

水掛菜
冬場に都留市の十日市場・夏狩地区で盛んに栽培される水掛菜

富士山の湧き水で育つ伝統野菜・水掛菜

都留市は富士山の北東にあります。が、すぐ近くに日本一の山がありながら、普段はなかなかその威容を拝むことが出来ません。山に囲まれているため、富士山と距離が近い分、それらの山々が富士山を隠しているのです。

その代わり、都留市は富士山から、豊富な湧き水という恩恵を受けています。富士山の降水量は平均すると、1日約600万トンと推計され、そのうち25%が蒸発し、残り450万トンはほとんど、地下へしみ込むと言われています。しみ込んだ水は溶岩層に覆われた砂礫層や、溶岩層と溶岩層の間を満たし、伏流水となり、15年から20年の歳月を経て、溶岩層の末端から湧き出ると考えられています。

都留市内には、上水道に使用しているだけで、富士山の伏流水が日に約8000トンも湧き出ています。特に、環境省によって「平成の名水百選」に選定された十日市場・夏狩湧水群には、湧水地が10カ所以上あります。水温は年間を通して12、13度に保たれ、水量も豊富なことから、伝統野菜である水掛菜の栽培や、養魚場、わさび田などで利用されています。

水掛菜は、都留市や隣の富士吉田市、また静岡県御殿場市、富士宮市など富士山周辺で、水田の裏作として作られています。富士山の湧き水をかけ流しながら育てることから、その名が付いたと言われます。

明治の中頃、都留市の農家が、富士山の湧き水が冬も凍らないことに目を付け、水をかけ流して菜っ葉を栽培することを思いつきました。今では流通が良くなり、冬でも野菜が手に入りますが、昔は冬場の青物野菜は貴重でした。寒さの厳しい地域ではなおさらです。そのため、この方法はすぐに普及。多くの農家が、収穫の終わった田んぼに畝を作って種をまき、そこに湧き水をかけ流しで引き込み、水掛菜を栽培するようになりました。富士吉田に青果地方卸売市場が設立された昭和35年からは出荷も始まり、生産が本格化。昭和60年頃までは市内各地で盛んに栽培されていました。

バイカモ
長慶寺境内の湧き水に自生するバイカモ。水温が高いせいか冬でも花を咲かせる

その後、宅地化が進んだ上に農家の高齢化もあり、栽培面積、生産者共に減少。現在は十日市場・夏狩地区で約20軒が栽培するのみとなっています。が、地元ではまだまだ人気の野菜。各家庭では塩で漬け込んだり(水掛菜漬)、おひたしや炒めもの、胡麻和えなど、多くの料理に使われます。都留では特に正月の雑煮に欠かせない食材であり、年末年始にかけて出荷のピークを迎えます。

水掛菜は、小松菜をやや大ぶりにした感じで、葉はカブに似ています。ビタミンやミネラルが豊富で、ビタミンCはキャベツの2倍含まれているといいます。湧き水をかけ流して栽培することで、葉や茎などが凍らず青々とし、アクが少なく、クセが無いのが特徴。霜が降りる度に甘みが増すと言われ、12月下旬から2月下旬まで収穫が続きます。

柴崎養魚場
柴崎養魚場

魚を養い、わさびを育てる湧水群

富士山から流れ出る清らかな湧き水は、水掛菜を始めとした農業以外にも、川魚の養殖やわさび栽培など、さまざまな恵みを、そこに暮らす人々にもたらしています。

十日市場・夏狩地区には、湧き水を利用した養魚場が4カ所あり、ヤマメやニジマスなどを飼育しています。その一つ、十日市場の柴崎養魚場に、都留市で不動産会社を経営する中野清さんが案内してくれました。以前は自分でも水掛菜を作っていたという中野さんは、十日市場在住で、この養魚場も子どもの頃から知っていたそうです。

ご主人の柴崎利春さんは神奈川県相模原市の出身で、当初は都留市に隣接する道志村で養魚に取り組んでいました。が、十日市場の湧き水にひかれ、2000年に移住。ちょうど引退を考えていた、当時の養魚場経営者から池を譲り受けました。

柴崎養魚場は岩盤の切れ目にあり、そこからは毎分10トンの水が勢い良く湧き出ています。水温は年間を通して約13度と安定しており、その水を池にかけ流し、魚を育てています。

「ヤマメは川の水で飼うと、冬場は寒くて餌を食べなくなるんです。でも、ここは水温が一定で、冬でも餌を食べるため、痩せないんですよ」
と、柴崎さん。

温かい湧き水の中で暮らすヤマメは、餌をよく食べるため脂ののりが良く、更に川魚独特の臭みもありません。育てたヤマメは主に東京や神奈川の料理屋に卸していますが、直接購入することも出来ます。

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湧き水を使ったわさび田は、西桂町との境界に近い夏狩地区の一番奥にあります。1918年の創業から約100年となる菊地わさび園は、約2400坪の土地に100枚ほどの棚田を持ちます。

菊地わさび園の棚田
菊地わさび園の棚田

周辺は溶岩層で、あちこちから富士山の伏流水が湧き出ています。その量、毎分2トン。水温も水量も年間を通して一定しており、その清冽な水が、棚田の中を流れています。

そんな湧き水で育ったわさびは甘みが強く、香りも良い。更に3代目の菊地富美男さんは、無農薬栽培に挑戦。最初は失敗の連続だったそうですが、徐々に病気に強いわさびが育つようになり、収穫も安定。今では無農薬わさびが、菊地わさび園の代名詞となっています。


収獲したわさびは、地元の道の駅などで販売していますが、実は菊地わさび園のメインは自家製のわさび漬け。こちらも無添加にこだわり、無農薬、無添加のわさびを作り続ける菊地わさび園の取り組みは、15年の毎日農業記録賞最優秀賞を受賞するなど、高い評価を得ています。

2017年取材(写真/田中勝明 取材/鈴木秀晃)

▼山梨県都留市

山梨県東部、周囲を御坂山地や丹沢山地に連なる山に囲まれ、市の中心を富士五湖の一つ山中湖を水源とする桂川が流れています。その桂川に沿うように市街地が形成され、また中央自動車道(河口湖線)や、国道139号、富士急行大月線も桂川と並行して通じています。江戸時代は谷村藩の城下町として栄えるなど、歴史も感じさせますが、現在はリニアモーターカー実験線の拠点基地として、時代の最先端を走っています。市内十日市場、夏狩地区では富士山の伏流水がコンコンと湧き出ており、それら湧水群は平成の名水百選に選ばれています。
【交通アクセス】
市内に富士急行線大月線の9駅があり、JR中央本線で東京・新宿から大月で乗り換え、約80分
主要道は国道139号。中央自動車道の都留ICがあり、新宿から約80分、県庁のある甲府や、静岡県の御殿場からは約40分

写真説明

●菊地わさび園の棚田:菊地わさび園では、専門の職人により城壁と同じ野面積みで、棚田の石垣を組んでいます


●都留では「柵売り」という水掛菜オーナー制度もあり、畝1列をまるごと買って、好きな時に自分で収穫に来る人も多い


●富士山の湧き水が流れ落ちている、夏狩地区の太郎・次郎滝


●柴崎養魚場(Tel.090-3221-0304)では注文により、桜の木をいぶして自慢のヤマメやニジマスの燻製も作っている


●菊地わさび園(Tel.0554-43-9279)では、出来るだけ自然な形でのわさび作りに取り組んでいる

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