不知火海の冬の風物詩うたせ船漁と吊るし焼きエビ - 芦北

吊るし焼きエビ
焼きエビ

焼きエビでだしを取るぜいたく雑煮

元日の朝、家族で食卓を囲み雑煮を食べる-。正月と聞いて、日本人の誰もが思い浮かべる風景でしょう。

が、ひとくちに雑煮と言っても、千差万別。入れる餅は角餅か丸餅か、すまし汁か味噌仕立てかなど、地方によってだいぶ違いがあります。不知火海(八代海)に面した熊本県南部と鹿児島県北部では、焼きエビでだしを取るぜいたく雑煮が定番です。

11月に入ると、不知火海では「海の貴婦人」と言われる「うたせ船」が沖に出て、白い帆を上げる光景が見られます。風力で船を斜めに動かし、鉄製の爪が付いた「けた網」を引く伝統漁で、狙いは11月から2月までが漁期となるクマエビ。大型のクルマエビの仲間で、熊本では脚が赤いことからアシアカエビと呼びます。味が濃厚で、刺身でも塩焼きでもおいしいですが、それをだしに使うのが芦北風。

港に揚がったエビは、近くの加工場に運ばれます。新鮮なうちに竹串に刺し、囲炉裏を囲むように円周に並べ、1年間乾燥させた松の薪で2時間ほどかけてじっくり焼きます。松脂を含む煙でいぶすことで、微妙な味と香りが染み込み、赤みも増します。また松脂には殺菌作用もあり、保存のためにも有効だそうです。

エビは熱で丸くなるため、焼く時は2尾を腹合わせにし、焼いた後も粗熱が取れるまで板で挟んで重しを掛けておきます。 その後、大きさなどを合わせながら1尾1尾丁寧に串から外し、10尾ずつ並べていきます。更にすすなどが付着していないか確認しながら、奇麗にエビを拭き、それを束ねたわらで編んでいきます。
 
わらに結ばれたエビは、1週間ほど陰干しして乾燥させます。その様子から、地元では「下げエビ」、一般には「吊るしエビ」と呼ばれます。焼きから乾燥まで時間をかけることで、うまみが殻の中に閉じ込められます。そのため、水につけるだけで、十分なだしが染み出してくるそうです。

うたせ船
うたせ船

出来上がった吊るしエビは、10尾5000円程度から購入出来ますが、大型のものでは7000円から1万円ぐらいになります。そんな吊るしエビを、雑煮1杯に1尾ずつ使います。値段も値段ですが、不知火の海の香りを濃厚に感じさせるだしが、お椀いっぱいに広がり、とてもぜいたくな雑煮となります。最近はネットでも購入出来るため、「エビの雑煮でないと正月が迎えられない」というリピーターも増えているそうですが、それも納得の逸品です。

焼きエビの雑煮
焼きエビの雑煮

熊本藩「準町」佐敷とブランド・デコポン

芦北町の中心部・佐敷は江戸時代、熊本藩五カ町に準ずる「準町」に位置づけられていました。とはいえ、町に指定されていたのは佐敷川に架かる相逢橋周辺のみで、それ以外は同じ佐敷でも佐敷村となっていました。そして準町である佐敷町は、城下町としての基盤を元に、肥後(熊本)と薩摩(鹿児島)の産物の交易や、薩摩街道の宿駅としてにぎわいました。

佐敷城跡
加藤清正が築城した佐敷城跡(国指定史跡)から城下町を望む

現在の佐敷地区は町並みとしての連続性は少ないですが、伝統的な白壁の家屋が点在し、往時の面影を伝えています。また、古い家を復元したり、補修したりして、町並の姿を残し保存しようとする動きも見られます。

佐敷の町並み
熊本藩「準町」だった佐敷の町並み
佐敷で明治時代から続く野坂屋旅館の主人で、薩摩街道の案内人でもある田中正一さんは「佐敷宿の特徴はのこぎり家並みにある」と説明します。家並みが通りに面して平行ではなく、のこぎりの刃のようにギザギザと斜めになっているのです。こののこぎり家並みには三つの説があるそうです。

一つは、敵の侵入時に、建物の陰に隠れて身を守り、不意打ちをするためという説。もう一つは、税が間口に応じて決められていたので、狭い間口を有効に使うためという説。三つ目は、通りの邪魔にならずに荷車を着けやすくしていたという説。どれもが正しく思える説で、もしかしたらその全てが合っているのかもしれません。

この準町であった中心部を外れると、芦北が山の多い町であることを実感します。山の斜面にはオレンジ色の実を付けた木々が目に付きます。

芦北は温暖な気候を生かし、甘夏や「デコポン」など柑橘類の生産が盛んです。1949年に田浦地区で栽培が始まった甘夏は、現在でも生産量日本一を誇ります。また、近年は「デコポン」の生産が増えています。

「デコポン」は「清見」と「ポンカン」を交配させたもので、長崎県の試験場で誕生しました。が、突起が現われやすく、不ぞろいになりやすいなどの理由で、品種登録が見送られました。その後、熊本県で品種名「不知火」として栽培が始まり、甘夏に代わる柑橘を模索していた不知火海沿岸を中心に普及しました。そして、熊本県果実農業協同組合連合会により「デコポン」として商標登録。「不知火」のうち一定基準(糖度13度以上、酸度1度以下)をクリアした高品質なものだけが、その名を使うことが許され、「デコポン」は全国統一糖酸品質基準を持つ日本唯一の果物となっています。

芦北デコポン

そんな中、今、注目のデコポンがあります。「不知火」から選抜育成された「肥の豊」という品種で、糖度が高く、酸味は少ない。芦北ではこの「肥の豊」への転換がいち早く進んでおり、強い甘みとみずみずしさを併せ持つ芦北デコポンが、ブランド柑橘類として店頭に並ぶ日も近いかもしれません。

2016年取材(写真/田中勝明 取材/鈴木秀晃)

▼熊本県芦北町

県南部、町の8割を緑豊かな山々が占め、それらを源とする清らかで豊富な水が、不知火海(八代海)に注いでいます。天草の島々を望む西側は、典型的なリアス式海岸で、県立自然公園に指定されています。加藤清正により築城された佐敷城は、薩摩街道と人吉街道(相良往還)が通る要衝の地にあり、その城下である佐敷地区は江戸時代、薩摩と江戸を結ぶ薩摩街道の宿場町として栄えました。温暖な気候を生かした柑橘類の栽培が盛んで、甘夏の生産は日本一、またデコポン(不知火)でも全国有数の生産を誇っています。目の前の不知火海は豊かな漁場となっており、太刀魚やハモ、シャコ、ワタリガニなど、さまざまな海の幸が捕れます。また、アシアカエビを捕るための伝統的なうたせ船漁は、今や芦北のシンボル的存在となっています。
【交通アクセス】
JR九州肥薩線と、肥薩おれんじ鉄道が通ります。SL人吉が停車する肥薩線白石駅は明治時代に開業した当時のままの駅舎で、SLと共に人気があります。また、話題の「おれんじ食堂」は肥薩おれんじ鉄道佐敷駅に停車します
関越、南九州自動車道の田浦と芦北両ICがあります

写真説明

●焼きエビ:エビが丸まらないよう腹同士を合わせて竹串に刺し、松の薪で2時間ほどじっくり焼きます(撮影協力:みやもと海産物)
●うたせ船:不知火海でのうたせ船漁。芦北町漁業協同組合により観光うたせ船も運航されています(撮影協力:芦北町漁業協同組合)
●芦北の雑煮:アシアカエビを使った芦北の伝統的雑煮(撮影協力:野坂屋旅館)


●11月から12月にかけて作られる吊るし焼きエビ(撮影協力:みやもと海産物)


●束ねたわらでエビを結び、1週間ほど陰干しして乾燥させます


●デコポンの果肉と果汁がぜいたくに使われたデコポンゼリーもある

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