活気に満ちた岸壁を紅一色に染め上げる深海の美味 - 境港

水揚げ量日本一、境港の赤い華

寒さが増す晩秋から冬にかけて、日本屈指の漁獲量を誇る境港は日に日に活気が増していきます。主役は山陰を代表する味覚のカニ。

11月初旬には「カニの王様」の呼び声が高い松葉ガニ漁が解禁となるのです。この時期、待ちに待ったとばかりに上品で繊細な松葉ガニの味を求めて境港を訪れる人が後を絶ちません。最近ではインターネットでも簡単に購入出来るようになり、ブランドガニとしてその名は一気に全国に広まりました。

そんな松葉ガニの陰に隠れて知名度はさほど高くはありませんが、境港にはもう一つ誇るべきカニがいます。ベニズワイガニ、通称ベニガニです。

その名の通り、表も裏も鮮やかな紅色をしたカニです。日本海全域と東北地方の太平洋岸から犬吠埼(千葉県)の沖合にかけて分布する日本固有種で、国内の67%が境港で水揚げされ、その量は日本一です。多くは棒肉やフレークなど加工用として流通し、ちらし寿司やカニグラタン、カニクリームコロッケなどの原料に利用されます。

ベニガニの見た目が、ゆでて赤く色づいた松葉ガニとそっくりなのは、近縁種であるため。とは言っても生きている松葉ガニの甲羅は茶褐色で、裏側は生でもゆでても白いことから、見た目の区別は容易です。ちなみに福井の越前ガニ、京都の間人ガニ、そして松葉ガニは名前こそ違いますが、実はみな同じズワイガニです。

棲息する場所は松葉ガニとベニガニでは全く異なります。松葉ガニが暖流と寒流が交わる隠岐島周辺の水深200~400mの海域に棲息するのに対し、ベニガニは800~1200mの深海、主な漁場は領有権をめぐって緊張状態が続く竹島周辺や、日本海のほぼ中央です。いちばん遠い漁場は港から36時間もかかります。

江戸時代から漁が行われていた松葉ガニと違い、ベニガニ漁の歴史は浅く、ほんの最近のこと。乱獲で減少の著しい松葉ガニに代わる資源として漁獲されるようになってからまだ40年ほどしか経っていません。松葉ガニを取っていたこの辺の漁師は、更に深い所に違う種類のカニがいることは知っていましたが、長らく漁法が分かりませんでした。同じ日本海に面し、眼前に日本三大深湾の一つに数えられる湾を抱える富山では、ベニガニの漁法が早くに確立されており、ここの漁師を呼び寄せたことから境港のベニガニ漁が始まったと言われています。

カニかごを作る工場

資源保護に配慮した漁獲法

松葉ガニの漁期が11月上旬~3月中旬と短いのに対し、ベニガニの漁期は9~6月で、2カ月間の禁漁期があるのみ。それだけに水産資源の保護には熱心です。資源と生態系の保護に積極的に取り組んでいる漁業を認証する制度として2007年12月に発足したマリーンエコラベルを、境港のベニガニ漁が日本で最初に取得しています。取材した2012年で、認証を受けて3年目。年間の水揚げ量の上限を9243トンと定め、これを超えないように漁獲量の調整を行っています。メスガニの漁獲を禁止している他、漁具にも工夫が施されています。

ベニガニ漁は、カニかご漁法で行われます。下部の直径が130cm、上部の直径と高さがそれぞれ80cmという鉄製のかご枠に編み目1cmの網を張り、上部に直径40cmの入り口がセットされます。かごは、カニが一度入ったら出られない仕組みになっています。が、資源保護のため、甲羅幅9cm未満のカニが逃げられるよう、編み目が15cmに設定されている他、小型ガニの脱出口が3カ所設けられています。

かごの中にはベニガニの好物のサバが5~6匹吊るされ、かごが海底に着地すると、光の届かない闇の中、においを感知してモゾモゾとベニガニが集まってくるのです。かごは、直径29mmのロープに50m間隔で150個ほど取り付けられるため、1本のロープの長さは10kmにもなります。

一度セットしたかごにカニが入るまで、海上で約2昼夜待ちます。取れたカニは船の上で大中小に選別され、コンテナに詰められて船倉で氷蔵された状態で港に運ばれます。出航してから港に戻るまでの1航海に要する日数は約1週間。現在、ベニガニ漁を許可されている11艘の船が、ほぼ毎日港に入るサイクルで操業を続けています。

当地でしか味わえない幻の味

水揚げが始まるのは午前5時。専用の岸壁に接岸した船から次々とコンテナが運び出されます。一つのコンテナには30kg分のカニが入っています。小さいもので80~100、中で60、大で40杯ほどが詰められています。鮮度が落ちるのを防ぐため、コンテナの上には大量の氷が置かれます。

朝の5時から水揚げされ、7時には競りが始まります


水揚げされる約95%は身入りの悪いBランクのカニです。これらは7時に行われる競りの後、間髪置かずに加工場に運ばれます。加工場では甲羅を外してカニ味噌を抜き出し、丸ごとゆでて加工用肉にします。残り5%は上物のAランクとして生で流通します。ただし、地元の人でも生の状態で入手することは滅多にありません。そもそもベニガニ料理を食べさせる店も市内に数えるほどしかなく、食材として売っている店もほとんどありません。地元の人に聞くと十中八九「買って食べるものではなく、たまにもらって食べるもの」と答えます。

大きな市場では、ゆでたベニガニを購入出来ます


ベニガニは、仲卸がコンテナ単位で購入する大ロットの取引がメーン。観光客がバスで訪れるような小売店ならともかく、町の魚屋ではその量には手を出しにくいのです。地元の人でも何かの機会に漁業関係者経由で手に入るだけ、というのもこうした理由によります。

滅多にお目にかかれない生のベニガニ

そんなジレンマを打破し、ベニガニを庶民の味方にすべく売り出そうとしているグループがあります。市内飲食店や市役所職員ら17人で組織される境港ベニガニ有志の会です。「加工用で安い分、質が落ちる」という先入観を払拭するのが会のミッション。実演販売や料理教室の開催などで知名度アップに力を入れます。会のメンバーである濱野政和さんは、ベニガニの優れた点について次のように話します。

「松葉ガニはどちらかというと身入りがよく上品な味。一方、ベニガニは身質が繊細でみずみずしい上、甘みが強いのが大きな特長。カニ味噌も松葉ガニよりも濃厚なので、味で松葉ガニに負けてはいません。そして何と言ってもリーズナブル。大きさにもよりますが、松葉ガニとは値段で3~5倍の開きがあります」

ボイルはボイルとして食べるしかありませんが、生だと、刺身に焼きガニ、揚げガニ、鍋とメニューも広がります。最も甘みを感じられるのが、半生状態の焼きガニと、鍋にサッと通す食べ方。どちらも甘みが更に引き立つといいます。同会では昨年、カニを1匹まるごと寿司飯の上に乗せ、紙の袋に包んで蒸した「境港新かにめし」なるご当地グルメを開発。現在市内6店舗で展開中です。

いずれにしても本当においしいベニガニを味わうには、境港を訪れるしかないことは確かなようです。

2012年取材(写真/田中勝明 取材/砂山幹博)

写真説明

●カニかごを作る工場:網を張った状態で赤い部分から入るとかごの外に出られない作りになっています
●朝の5時から水揚げされ、7時には競りが始まります:競り落とされたベニガニの多くはすぐに加工場に運ばれボイルされます
 


●日本の約7割のベニガニが水揚げされる境港


●腹部が白いのが松葉ガニ(上)。腹まで真っ赤なベニガニ(下)。松葉とベニのDNAを受け継ぐ「黄金ガニ」(中)という交配種も存在します。一度の航海で取れる確率はわずか4万分の1程度という希少種

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