ジャージー牛が草食む高原生まれの濃厚ミルク - 真庭

国内最大のジャージー酪農地域

岡山県と鳥取県との県境、中国地方最高峰を誇る大山の東側に連なる1000m級の三つの山は、東から下蒜山、中蒜山、上蒜山。三座を総称して蒜山と呼びます。南側斜面の中腹には西日本屈指のリゾート地蒜山高原が広がり、夏ともなると避暑地として県内外から多くの人々が訪れます。また上蒜山の裾野、標高550~650m地点には40haもの放牧地が広がり、高原の風景にはぴったりの牧歌的な雰囲気が漂っています。

ここで採草された草を主食にしているのは、蒜山の酪農業を支える乳牛「ジャージー牛」。イギリス領海峡諸島のジャージー島原産の牛で、もともと英国王室や貴族が飲むミルクを作るため特別に品種改良されたものです。

白と黒とがまだらになったホルスタイン種の牛乳に比べ高タンパクで、ビタミンやミネラルなどの栄養価が高いのが特徴です。乳脂肪5%前後、無脂固形分が9%以上と、世界の5大乳用種の中でも最も高い乳成分を持ち、乳質は極めて濃厚。カロチンを豊富に含むため、搾りたての生乳は淡い金色を帯び「黄金のミルク」とも呼ばれます。

日本で飼育されている乳牛の98~99%はホルスタイン種で、次いで多いのがこのジャージー牛ですが、全体の約1%と圧倒的に少なくなっています。その上、ジャージー牛は体高130cm、体重400kg程度と小柄なため、1日の採乳量はホルスタインの3分の2しかなく、生産量は限られています。

そのため知名度はあまり高くなかったのですが、近年、乳本来の甘さと深いコクのある濃厚な味が注目され、希少価値の高い高級品として人気を博すようになりました。現在、蒜山一帯で全国の約5分の1にあたる1900頭のジャージー牛が飼育されており、飼育頭数と牛乳の生産量で日本一を誇っています。

蒜山を救った救世主

ジャージー牛がニュージーランドを経て、蒜山にやってきたのは1954年のこと。

標高500mに位置する蒜山高原は、昼夜の寒暖差が激しい山間盆地特有の気候。冬が長く寒さが厳しいため、農耕地としては恵まれていませんでした。今でこそ高原キャベツなどが特産品となっていますが、かつては何を作っても収穫が安定しないという状態が続きました。

そんな中、村(当時)は月々の現金収入が見込め、村の振興を図り、ひいてはこの地の生活環境を変える可能性のある乳牛に目を付けました。なにぶん初めてのことであったため、まずは飼いやすさ、そして農作物には厳しい蒜山の気候に適しているかが重用視されました。その点、ジャージー牛は粗食に耐える牛であったし、集団性に富み、温厚で扱いやすく、山地で放牧管理するのに適していたため、蒜山高原にはうってつけでした。

最初に入ってきた200頭のジャージー牛は、順調に増え続け1971年の3200頭をピークに、全国一の飼養頭数を誇るに至りました。導入当初は牧草が粗末だったせいもあり、1頭につき年間3500~4000klの乳量でしたが、近年は飼料の改良などもあって6500kl程度の採乳が可能となりました。

英国王室が愛し、蒜山を救ったジャージー種の牛乳は確かに濃厚でした。牛乳瓶の上部にクリームの層が出来るほど乳脂肪分が多いのです。瓶を傾けてもクリームのフタが邪魔をして牛乳が口の中に流れて来きません。事情を知らない人からは「牛乳が出て来ない」とクレームが入ることもあるそうです。

牛乳の脂肪分は3.6~4.2%程度が一般的ですが、ジャージー牛の場合、これが5.0%もあります。濃厚な風味を損なわず、4.2%程度まで脂肪だけを抜いたものが成分調整牛乳。脂肪が抜けたとはいえ、依然濃厚で牛乳本来の甘さとコクが味わえます。調整を行わない5.0%の牛乳と共に蒜山酪農のツートップです。

蒜山の学校では給食に地元の牛乳が出ます。子どもの頃から慣れ親しんだ味なので、大人になって蒜山を出て、他の地で牛乳を飲む度に「薄い」と感じるのだとか。なんともぜいたくな悩みです。

最高のミルクを生み出す環境

蒜山のジャージー牛は、生後13カ月目から種付けが行われます。人間と同じで種付け後10カ月の妊娠期間を経て分娩となります。分娩すると乳が出始めますが、2カ月後には乳を出す期間がとぎれないように2回目の人工授精が行われます。こうして毎年出産と妊娠を繰り返し、5~6年で廃牛、食肉となります。駆け足ですが、これが乳牛の一生です。

乳を出さないオス牛の場合は、ごくわずかな種牛以外は肉牛として育てられ、生後26~28カ月で出荷されます。肉質はやわらかくジューシー。和牛に比べると脂肪が少ない赤身ですが、鉄分を多く含むため色合いが濃く後味はあっさりしています。流通量も少ないため蒜山以外ではなかなか手に入りにくいですが、昨今のヘルシーブームの中、注目のレアグルメです。

小学生を招いての乳搾り体験


搾乳される牛は通年を牛舎の中で過ごします。つまり、分娩前に放牧される以外は、一生のほとんどを屋内で過ごすのです。だから日常の生活空間である牛舎は、なかなか快適な作りとなっています。年齢別に区切られたスペース内は自由に動けるようになっていて、ストレスがたまらないよう工夫されています。

普段は入れない牛舎を特別に見せてもらいました。柵の近くを通ると牛たちが一斉に走り寄ってきました。どうやら人懐っこい性格のようです。黒目がちな目はくりっと大きく、睫毛も長く愛らしい表情ですが、よく見ると角が生えていた跡があります。生後1カ月で焼き切ってしまうのですが、一度切ると生えてこなくなり、性格もおとなしくなるといいます。

エサは、主食である干し草を1日に20kg、早朝と夕方に分けて食べます。また、成長の度合いによって穀物などの濃厚飼料が適度に与えられます。月齢によって与えられるエサの種類も量も異なり、計画的に管理されています。こうした環境整備のかいもあり、質の高い乳を大量に採取出来るようになりました。

蒜山を代表する乳製品


搾乳が行われるのは毎朝夕。ミルカーという機械を使って1日に1頭当たり約18~25klの乳を搾ります。蒜山地域では、44戸の酪農家がジャージー牛乳を生産しており、各農家で搾られた生乳は1.5~2度に冷やした状態で保管されていて、朝に一度組合が収集して回ります。1日に集める乳の量は21トン。組合が所有する巨大なストレージタンクに集められ、殺菌後、牛乳を始めヨーグルトやチーズなどさまざまな乳製品となります。お取り寄せでもいいが、出来ることなら蒜山三座の下、高原の空気と共に味わいたいものです。

2012年取材(写真/田中勝明 取材/砂山幹博)

写真説明


●昔からこの地に住み着いていると言われる妖怪スイトン。蒜山三座(写真奥)と共に町の人に親しまれています

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