鳴門の潮が育んだ王様と呼ばれたサツマイモ - 鳴門

甘さの秘密はミネラル豊富な海砂

蒸したてを二つに割ると、鮮やかな紅色の表皮に映える黄金色の中身が現れました。見た目の美しさは期待を裏切らず、栗のようにホクホクとした食感の後に際立つ甘さが舌の上を走ります。鳴門金時は、サツマイモのメジャー品種である高系14号の改良種に付けられたブランド名で、吉野川及び旧吉野川の河口域に広がる特定の地域で栽培されたものだけが名乗ることが出来ます。その甘みの強さから「サツマイモの王様」とも形容され、質の高さでその名は全国区です。

吉野川の河口域は、もともと稲作が行われていた地域です。平野部には一面水田が広がっていましたが、海岸沿いは塩害がひどく、海水にまみれた砂地が大半を占め、実際には米はおろか野菜作りにも適さない土地でした。そこで白羽の矢が立ったのが、塩害にも強いサツマイモです。サツマイモ栽培に適している土壌は、普通の野菜とは違い水はけの良い場所になります。砂地は願ってもない好条件でした。また、鳴門市周辺は1年を通して温暖で降水量が少なく気候も生産に適していました。こうして昭和40年代初め頃から、稲作からサツマイモ栽培に転じる農家がポツポツと現れ始めました。鳴門市大津町の林勝さんもその一人です。サツマイモ栽培の第一歩は土壌改良です。水をため込んでしまう水田に大量の砂を入れ、水はけの良い畑に作り替えました。

「粒子が細かすぎる川砂ではどうしても水が詰まってしまうので、畑に入れたのは近くの海で採取した粗めの砂。ただ、入れたての砂には随分塩分が含まれていたので、最初の頃は良い形のイモが出来ず苦労しました。雨が塩気を流してくれるまでに2~3年はかかりました」(林さん)

砂地畑からほどよく塩分が抜けると、鮮やかな皮色と美しい紡錘形をしたサツマイモが出来るようになりました。また、海砂にはもう一つ別の効果もありました。海水のミネラル分を豊富に含んだ砂地畑で育てた結果、糖度が格段に上がったのです。同じ苗を別の土地で栽培しても、この色、形状、糖度は出ないというから不思議です。



寝かせるほどにうまくなる

鳴門金時の栽培準備が始まるのは、まだ花冷えのする4月の初めです。砂地畑に高い畝を作り、それを黒いビニールで覆った後、等間隔で穴を空け、温室で育てられていた苗を手作業で植え込んでいきます。この時、畝に対して苗を斜めに植え込むと、均一で食べやすい大きさの芋が鈴なりになるのだといいます。1カ月もしないうちに斜めだった苗が立ち上がり、時間の経過と共に畝は葉に覆われて見えなくなります。畑の砂地の更に下には根腐れを防ぐために配水管が張り巡らされていて、余分な水が排出されるようになっています。過湿を嫌う鳴門金時栽培ならではの工夫です。梅雨時の雨でつるを伸ばし、夏の日射しをいっぱいに受け、土の中の芋はむくむくと身を太らせていきます。

収穫は2段階あります。最初は7月初旬の「探り掘り」です。土に直接手を入れて手探りで大きめの芋を選んで収穫していきます。大きな芋を先に間引いておくことで、後に収穫する芋も大きくなるのです。9月も終わりに近づき葉が黄ばんでくると、いよいよ機械を使って畑の芋をすべて収穫する「総掘り」となります。畝のビニールを剥がし、機械でつるを切り取った後、畝をまたぐように芋掘り機が入り、一気に掘り取っていきます。機械に設置されたコンテナの中には、掘りたての鳴門金時が次から次へと放り込まれていきます。

普通、野菜は取れたての方がおいしいものですが、サツマイモに限ってはこの常識は当てはまりません。収穫時期が早いほど、水分含有量が多いため甘みが感じられにくくなります。そのため畑で収穫された鳴門金時はすぐに保冷庫に貯蔵されます。じっくり寝かせることで適度に水分を飛ばし、糖化を促進させます。甘みの増した11月~1月頃に出荷されるものが最もおいしいとされています。最近はノウハウも蓄積され、甘くて色の奇麗なものはある程度作れるようになりました。しかし形状だけは人間の力ではどうしようもありません。

「今年は4月の植え付けの時の天候不順が影響して全体的に小ぶり。なんとか長年の経験と勘を働かせて、出来るだけ大きい芋になるように力を注いでいるのですが」
と林さん。箱の蓋を開けた時に色形が奇麗にそろっている、常にそんな芋作りを目指していると話してくれました。

絶品、鳴門金時スイーツ

食物繊維とビタミンがたっぷりで、美容と健康に最適の食物といわれるサツマイモ。シンプルに焼き芋や蒸し芋にする他、天ぷらや素揚げ、煮物にきんとんなど調理法や食べ方もさまざまです。中でも甘味が強く繊維質が少ない鳴門金時は、特にスイーツの素材として重宝されています。

大学イモ
大学イモ


サツマイモを使ったお菓子の筆頭といえば大学芋でしょう。外はカリッ、中はほっこりの食感に親しんだ人も多いはずです。最近では、冷凍したままの状態で食べるタイプも登場しています。鳴門市内の加工場にお邪魔して、作業工程を見せてもらいました。こちらの大学芋は、一口大の乱切りではなく、鳴門金時を皮付きのままスティック状にカットしたものを揚げ、糖蜜と黒ゴマを絡めたものです。中華鍋を振って糖蜜を絡める昔ながらの製法で作って一度冷凍させた大学芋は、新しい食感ながらも昔懐かしい味がしました。

鳴門金時のパウンドケーキ
スイートポテトに代表されるようにサツマイモは洋菓子との相性も良いと言われます。市内のあるカフェでは、季節ごとに旬の食材を使った手作りケーキを提供していますが、秋の売れ筋ナンバー1は鳴門金時のパウンドケーキです。ケーキの中に皮ごと小さく角切りされた鳴門金時が入っており、トッピングに同じ角切りが散らされています。芋自体がお菓子のような味であるためあえて甘さを控えてあります。まさに芋を食べてもらうためのケーキです。ただ、鳴門金時は他のサツマイモに比べると少々値が張るブランド品です。芋をそのまま材料として使うとコストに大きく影響します。そのため粉末状にしたものが使われることが多いく、こちらのケーキのように丸ごと鳴門金時を使うことは珍しいそうです。しかも、鳴門金時の中でもブランド中のブランド「里むすめ」を使っているのだからなおさらです。

同じ鳴門金時でも、栽培された地域ごとに更に細かくブランド分けされています。流通量が少なく最高級とされるのは鳴門市里浦町で生産された「里むすめ」。この他、徳島市川内町の「甘姫」や松茂町の「松茂美人」といった地域ブランドが存在します。意図したのか偶然か、いずれのブランド名も女性をイメージしたものになっています。出荷前の鮮やかな紅色を見れば、なるほど「王様」をそう例えた気持ちがよく分かります。

2011年取材(写真/田中勝明 取材/砂山幹博)

写真説明

●大学イモ:中華鍋を振って飴を絡めるのが、昔ながらの作り方(撮影協力:鳴門のいも屋)
●鳴門金時のパウンドケーキ:高価な鳴門金時をそのままケーキに使うことは地元でも珍しいそうです(撮影協力:マリアージュ)


●出荷前に表面に付いた土を洗い流すと、鮮やかな紅色が現れます

●全長1629mの吊り橋、大鳴門橋が架けられている場所が、渦潮で有名な鳴門海峡です

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